あたしである美歌の悪戯な顔
はぁ〜……
『チロル』での晩御飯。今日は糸佳の得意料理の一つでもある、野菜炒めだ。
僕は野菜を箸でつまみながら、深く溜息をついた。今、箸でつまんだのは人参を細く切ったもの。これは真奈海が切ったものだっけ。それを見つめている間も、真奈海の言葉の一つ一つが、僕の頭を何度も反芻している。
夕方、真奈海が僕に伝えたかったことって、一体なんだったのだろう――
「管理人さん。さっきからどうしたんですか〜? ほんと、元気ないですよ〜」
と、僕と同じようにピーマンを箸でつまみながら、そう問いかけてきたのは美歌だ。美歌は四人がけのテーブルの僕の相向かいの席に座り、やや首を傾げながら僕の顔を伺ってきた。とはいうもの、僕自身何が起きてるのかよくわからないし、それを言葉にしようなんて逆立ちしたって無理な気がした。
そもそも今日はなんでこんな話になったのか、それすら忘れてしまいそうだ。
「そうだ。さっきここに来てた女子高生とちゃんと話さなくてよかったのか?」
と、なんとかその話を思い出して、僕は美歌に問いかける。
真奈海から言われたことって、たしかこういうことで合ってたよな……?
「ふつー自分を心配してくれてる女の子に対して、そんな際どいこと急に聞く?」
「え?」
「ほんと管理人さんって、デリカシーないですよね?」
「そ、そうかな……」
それについてはもはや返す言葉もないわけで……僕はますます落ち込んでしまう。
なにやってるんだか僕は。ほんとに……。
すると美歌は小さくくすっと笑った。その笑顔に僕は少しだけ勇気づけられた。
「管理人さん。元気出してください。あたしはそんなに気にしてませんから……」
「でも、だったら……」
「あの子はあたしの妹ですよ」
その言葉に、僕だけでなく糸佳もやっぱりというような顔をしている。真奈海だけは特に気にした様子もなく、豚肉をひょいこらと口に運んでいたけれど。
「あの子があまりにも甘えん坊なので、あたしが家を出てきたんです」
「なんだそれ……」
「両親が交通事故で死んじゃって、あたしとあの子だけが残されて……」
「それなら二人はなおさら一緒にいた方が……」
「だけどあの子はべったりと離れてくれないので、あたしが見捨てたんですよ」
「一人残された家族なんだし、それは仕方ないのでは?」
「高校生にもなって甘えんぼなんですよ? 少しは姉離れしろっていうんです」
「いや、だから……」
「……という話だったら、管理人さんならどうします?」
「…………はい?」
美歌は悪戯な笑みを浮かべて、最後は僕をからかうようにそう言ってくる。どこからどこまでが真面目な話で、どこからが冗談だったのだろうか? それすらわからない程度に。
「だいたいさっきの話がほとんどですよ……だから、あたしは……」
美歌はやや俯き加減で、やや弱々しく、そう零したんだ。
「それでも……」
が、そこに待ったをかけるように声を出したのは、糸佳だった。
「それでもイトカは、美歌さんと妹さん、二人で暮らすべきだと思うんです!」
糸佳は今にも泣きじゃくりそうな顔で、この話を軽くあしらおうとする美歌に少し怒りを感じているようだった。誰よりも真っ直ぐ、キレのある直球で、美歌に迫っていく。
「無理だよ。そんなの……」
「どうしてですか!? どうして妹さんと向き合ってあげないんですか!」
「だって、あたしはもう、あの子の知ってるあたしじゃいられないから」
「え……?」
そんな直球に対しても、真っ向勝負する美歌。そこにはやや強いものがあった。
「ふ〜ん……そっか。だから美歌ちゃんらしくないんだね?」
そこへ今度は美歌に対して、変化球が投げ込まれた。
「どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。あの子に対して、いつもの美歌ちゃんじゃなくなってる」
投げたのは真奈海だ。美歌はその言葉に対しては、やや動揺を隠しきれずにいる。
「そんなこと……てゆか普段のあたしって、誰のことを……?」
「ここであの機械が動いているような美歌さんの話が出てくるわけないでしょ?」
「それは……」
「わたしをあの時叱咤してくれた……今ここにいる美歌ちゃんのことだよ」
「っ…………」
困惑する美歌に対して、真奈海は笑みを返した。その名前にある海のような深い笑顔だ。まるで名ドラマのワンシーンのような、人を吸い込んでいく力を感じる。
美歌もその顔にはお手上げのようで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「でもさ。美歌ちゃんは泣かないんだよね?」
「…………」
いや、美歌は涙を堪えるので精一杯のようにも感じるけど……
「だって美歌ちゃんは、あの子が誰よりも大好きなお姉ちゃんなんでしょ?」
それでも真奈海の言う通り、美歌が泣くことはなかった。
姉としてのプライドだろうか。その瞳には涙ではなく、強い光を宿していたんだ。
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