Stalk My Sleepin' Love 後編




「アルト、入るよー……ってなにこの画面の数!?」

「うわっ! 通信技術部の部屋より画面多くねえ? びっくりした……」

「あ、ドア開いてる。おーいアルト、っなんだこれ!?」


 三人ともうるさいな……、愛するヴィーと暮らすための物件探しに決まっているだろう。彼女との生活を想像しながら間取りを見ていたらどれも捨て難くて、気づいたらそこら中に画面が乱舞していた。


「アルト。こんな物件情報ばっかり見て……引っ越すのか?」

 ジャマールが俺に書類を手渡し、部屋中の画面を見渡しながら椅子に腰掛ける。ジルやレヤンシュもそれぞれ自分の側に表示されてる画面を覗いていた。

「ヴィーさん関係?」

「じゃん? 見た感じ、アルトが好きそうな部屋じゃないもんな……庭とかあるし……」


「……」

「……」


「ねえアルト。なんかあった?」


「ん? ……まあ、色々と。ごめん、何か用だったか?」


 そう返事するとジルが訝しげな表情で俺を見た。


「昨夜アルトに送った商談の準備資料。さっき急に状況が変わったから、口頭で先に伝えておこうと思って」


「ああ、わかった」


「まさかヴィーさんと一緒に住むことになった?」

「……まあ。そんなかんじ」


 今度はレヤンシュの問いに俺が答えると、三人は顔を見合わせた。


「……そりゃ凄い進展だ。おめでとう。……って言いたいところなんだけど……アルト、変なこと言っていい?」

「ジャマール、それ今言っちゃうの? おいレヤンシュ」

「んー。いや言ったほうがいいんじゃねえか?」


「……なんだよ三人とも」


「なんかね。アルトがすっごく頑張ってるのは伝わってくるんだけど、ちょっと人相が変」


 ……。


「ヴィーさんと本当にうまくいってんの? 心から喜んでるように見えないぞ」


「むしろ振られたんじゃないの? ってくらいどんよりとした何かが漂ってる。まあ、そんな事は無いんだろうけど」


 ……。


「でも、なんかあったりする? あの宴会の時に俺、まさかそこにヴィーさんがいたとは知らなくてアルトが遊んでたなんてうっかり言ってしまったから。悪かった。皆は彼女がヴィーさんであることに気づいたらしいんだけど、俺だけわかんなかったわ。皆言ってよ?」


「いや俺も、アルトがあの食事の時『どうせ憶えてない』って言ったから気づいたんだよ。確かヴィーさんって酒で記憶飛ぶって昔アルトが言っていたなーと」


「俺はそもそも女性相手にあんなに素で話すアルトを初めて見たから。しかも相手はそれに慣れてたよな。だから二人の関係が長そうだと思った。その上アルトが相手の結婚観にイライラしてたから、あー、って」


 ……友人たちの観察眼が気持ち悪い。そんなに分析しないでくれ、恥ずかしい。


「まあとにかくさ、俺のせいでもし拗れてたら大変だと思ってて……俺いつでもヴィーさんに弁解しに行く気あるからな? アルトがどれだけ長い間ヴィーさんを想ってきたのか俺たちは知ってるし。友人は存分に使ってくれ」


「ね。なにせ騎士の内定式からだもんね……どんだけ長いんだっつの。アルトが何のために仕事頑張ってるのか、ずっと見てきたから」


 気に障ったら悪いな、俺たちが変に思っただけだ、ヴィーさんと進展したことは心から祝福するよ、と三人は言って部屋から出て行った。



 …………。


 俺が喜んでいるように見えないだって? そんなわけがない。念願のヴィーとの婚約にむけた交際が始まったんだ。もうすぐヴィーと呼ばずに済む幸せな境遇を勝ち取る。


 きっと昨日ヴィーの体調が急に悪くなってしまったから俺は不安で、それが顔に出ているのか?

 ああ、きっとそうだろう。俺は心から喜んでいる。ヴィーが俺のものになることを喜んでいる。


 そう何度も自分に言い聞かせる。


 彼女は俺のものだ。もう俺のものになるしかないんだ。

 たとえ彼女の心が追い付いていなくても。

 たとえ俺が彼女の心を傷つけてまで結婚しようとしていても。







「結婚……、やっぱりなし」


 なのになんで俺はまたヴィーにこんなことを言われているのだろう。


「守っていたものがもう無いから、今は心がとっても自由。……だからアルト、本当にありがとう。アルトは好きな人と結婚して。私も……、私を好きな人と結婚できるようにこれからがんばる」


 理解できない。

 もう俺の頭では彼女の心が理解できない。


 俺の何がダメなの?

 俺の好きな人? ヴィーを好きな人……? 君がそれを言うのか?

 何が起こっている? 俺は愛する人から何を言われているんだ……?


「あなたは私の自慢の友人であって考え方も尊敬できるすごい人なの」


 彼女の最初の男が夫になるのではないの?


「…………俺は……ビアンカの友人……?」


「うん。ずっと、すごく大切な!」




 なぜ?

 なぜ君は、いつも俺を友人としてしか扱ってくれないんだ?


 オルロフは簡単に君の恋人候補になっていただろう? あんなに意識していたじゃないか。

 君は、相性や性格やほかの何もかもを差し置いても、とにかく貞操が第一なのか……?







 その日以降、俺はどうやって帰って寝て出社して仕事をこなしたのか、そして帰って寝て、次の日も出社して仕事をして帰宅して……どうやって生きたのかまるで憶えていない。


















「アルト。頼む出てきて。アルトの決裁案件、たまってるんだよ。俺たちの決裁だけじゃ足りないし商談が進まない」

 ……ドアの向こうから聞こえるのはレヤンシュの声。


「アルトを指定してくる顧客の予定、後ろにずらすのも限界が来てる」

 ジルだ。


「統括投資部だけ収支が締められてないんだ。部長官が代理で今見てるけど経理部の長官がキレてる。いや、でもこれは経理部長官がおかしいんだけどな本当は……そもそもあれは部長官同士の決裁であって、自分の好みで決裁者選んじゃダメだろ」

 そしてジャマール。



「まあでもジャマール。アルトは統括投資部付け上席副所長官でしょ、決裁権限の道理は通ってるから。でもほんとあの人、なんでもかんでもアルトに書類持ってくよね。誰か教えてあげなよ、アルトには長年の想い人がいますよって」


「いやほら俺が何でそう思ったのかって、あの人、自分自身も才能溢れる若年きっての出世頭で美人だから。自信あるんだろうきっと」


「まあねえ。ってこんな立ち話をするためにはるばる魔法陣乗り継いで来たんじゃないのよ俺たち。アールート。聞こえてるんだろー」



「……今日もダメか……」

「副所長官室に空間転移で直行直帰。顔合わせる機会すら皆無だぜ。家から空間転移なんてこの世でアルトしかできないんじゃないの? 王家にばれたら即お抱え魔導士まっしぐらじゃん」

「それをただ引き篭もるためだけに使うという……」

「あ、今アルトから通信経由で決裁が来たぞ。……とりあえず今日の十七件分、可否が入力してある。まあ業務的には一旦よしとするか。……しかし友人としては不安しか残らん」

「アルト、ちゃんと飯食べてるか? なあ、ほんとに俺たち、アルトのためならいつでもヴィーさんのところに釈明でもなんでも行ってくるぞ? ただ困ったことに俺らはヴィーさんがどこの誰だか知らんのだよ」

「アルト、頼むから滅多なことはするなよー。君は数百年に一度の、北の逸材なんだろう? それに騎士の才能まである」

「総研での経験もあるんだし、商売や政治だってできるだろう。生きる道なんか人より何倍も持ってるんだから」



「……じゃあなアルト、また来るな」

「また明日なー。ジル、喫煙所寄らない?」

「ああ、俺も行くーレヤンシュは?」

「俺会議だから先に行くわ」



 雑談しながら友人らは離れて行った。



 …………彼等の励ましが辛い。


 俺の生きる道……? 俺が欲しい道はヴィーと共に生きる道だというのに、どんな能力もまるで役に立たないじゃないか。


 今頃ヴィーはあいつに承諾の返事をして、婚約に向かって動いているだろうよ。あんな良い条件の男はいない。出世頭で人が良く顔も良く、しかも童貞。

 童貞だ。

 きっとあいつはヴィーのために生まれてきてヴィーのために今日の今日まで童貞でいて、童貞をヴィーに捧げるために存在しているんだ。


 俺は……童貞以外なら全部ヴィーに捧げるのに!!





 ……。


 時を遡ってしまおうか。

 ただし本来あるべき人生を狂わされた人の数だけ地獄で苦しむ黒魔術だから、詠唱した者は古代から数えても一桁しかいない。彼らは未だに輪廻転生できないでいるけど……記憶を持ったまま学徒時代に戻り、すべての異性交流を避けながら環境研に入社する未来のみを選択し生き直したい。


 ……でも万が一ヴィーが環境研に応募しなかったらどうする? 時を遡って自分が今と違う選択をするということは、世界中の何かに影響を及ぼすわけで、巡り巡ってヴィーの選択肢を変えることだって大いにあり得るんだ。

 人の出会いはすべてが奇跡だ。一分一秒だってずれていたら出逢わない。

 そう考えると不確実性が大きすぎるのに術の危険度も大きすぎる。駄目だ。そもそもヴィーに会えない可能性があるものなんか試せない、耐えられない。




 それともヴィーの思考をいじってしまおうか。

 彼女の貞操観念の部分だけ消し去るんだ。星に数人しか存在しない、訓練された魔導士が専売で行う高度な詠唱付き魔術で、医術院や介護館などでは末期の対象者にのみ幾重の手続きを経て施術が認められている。無論、私用は世界的に法律違反であり使用者は機関に即時察知され北の魔導師協会から魔力封印の刑を食らい、且つ投獄だ。

 いや、もうこの際ヴィーに恋人候補として見てもらえるなら魔力を失っても頭と運動能力があれば構わない。


 ……でも消し去った瞬間、ヴィーに相手を選び放題されたらどうしよう!? 俺を選んでくれる保証なんか無いじゃないか。投獄の間に男どもがわんさかとヴィーに群がるだろう。彼女の貞操観念がなくなったと同時に世界中の男が俺の敵になるかもしれない。……なんて恐ろしいことだ、駄目だ却下。




 …………。


 じゃあもうこれしかない、ヴィーが俺を愛するように幻術をかければいい。

 ただちょっと俺に会うたびに惚れるようにすればいいんだ。


 そうだよ、毎日仄暗く思っていたことじゃないか。

 精製禁忌となった惚れ薬の大元の術だ。直接かける場合は対象者に触れて詠唱する必要がある。永久に効くものは存在せず、効果が切れるたびに彼女を術にかけなければならない。

 術をかけられたほうは、魂の欲するものとは相容れない言動を強いられるので、長期間この術を浴びると精神を病む場合がある。


 ヴィーが病んでも俺はヴィーを愛してるよ。だから全く問題ない。


 ……問題ない。





 ……できるかよ、そんなこと!

 ヴィーがお腹を壊すことすら代わってやりたいくらいなのに、精神の病なんて!


 俺へ嘘の愛をささやくヴィーだと……? 俺の日々はなんて虚しいものになることだろう。ヴィーが俺のせいで幸せになれない? 俺はなんて生き甲斐のない人生を過ごすことになるのだろう。




 ……ああ、俺がヴィーを忘れればいいんだ。


 医術院で緊急的な使用のみ認可される忘却の魔法だ。特定のものだけを忘れることができる。特に凄惨な事件などに関わってしまい、記憶があると生命の危機に直面すると診断された場合にのみ施術できるものだ。

 俺が自分にかける分には問題ない。誰にも被害はないし、投獄されるのも自分だ。



 そう、全部。

 あの日城下町の祭で見つけたヴィーを忘れればいいんだ。俺の膝の上でコロンと横になったふわふわの女の子。

 入社研修で緊張している可愛らしいヴィーを、酒にやられてすぐ寝てしまうヴィー、すぴすぴと寝息を立てる子猫みたいなヴィーを。

 社内試験のために俺の猛特訓に食らいついてくる勉強家のヴィー、俺の獣車の助手席で楽しそうに鼻歌を歌う愛らしい君。遊園地の着ぐるみになついて彼等を抱きしめて、俺をやきもきさせる純粋な君を。

 仕事の失敗で俯く、君の美しい薄紫の瞳。駅で階段を踏み外して俺の胸に思いっきり飛び込んできた華奢で小さな体。剣術の稽古を終えてから待っていてくれたヴィーのもとに行った時の、庭園に佇むまるで絵画のような美しい君の後ろ姿、風に揺れる綺麗なくるんくるんの黒髪を。


 全部忘れる。



 忘れる……?

 こんなに心満たされる極上の幸せをすべて忘れたとして、その後の俺には何が残るんだ?




「……無理だよ。また俺は君を見つけてすぐ愛してしまう……」


 ああ、今日も涙が勝手に出てきてしまった。


 ……ふと、ヴィーの内定通知書を取り出した。毎日肌身離さず持っている俺の宝物。破れたり濡れたりしないよう、術を施してある。

 こうやって彼女の名前を眺めるだけで愛が募る。



 君に愛されなくても……この広い国の街角で君に出逢えた奇跡の喜びを、君をずっと愛したいと心から思った俺の本心を、なかったことにはできないよ……!











 ……さんざん未練たらしく姑息なことばかり思いつき始めていた俺の前に、この後ヴィーがちょこん、と現れて。

 体裁なんて無くした大男がみっともなく恨み言と泣き言と彼女への未練ばかりを並べたてて実際に泣き、そんな惨めで馬鹿な男を真っ暗闇のどん底からすんなりと引き上げてくれるのは……。



 あとほんのちょっと数分先の、お話。























「アルトが私に好きってずーっと言ってくれていれば、私も多分貞操観念のことは考え直していたと思う」

「……どの口がそれを言う? この口か?」

「んむむむ」


 ビアの口を優しく片手で摘まみ、一通り遊んでから離した。


「俺が長年、何度ビアに告白したと思ってるの?」


「だってそれ全部寝てる時でしょう? 私知らないもん。なんで私が普通に起きてるときに一回頑張ってくれなかったの? そしたらこんなに長い間、沢山アルトが私なんかのせいで傷つくことはなかったかもしれないよ?」


「私なんか、なんて言ったらだめ」

「んん」


 彼女の髪をよけて、可愛らしいおでこに唇を寄せた。

 ビアはこの星で一番なんだから。……一番、俺が欲しいものを持っている人なんだから。



「……ビアにはわからないだろうよ、振られる恐ろしさを。あの時も言ったけど、最初の二回で俺はもうとっくに挫けてるんだよ」


「ふーん……それは絶対成就させたいから感じる恐ろしさでしょ? 私だったら一回振られたら諦めちゃうと思う。辛いし、アルトなんて絶対他に素敵な良い女性が現れてくれるでしょうし」

「一回振られたくらいで俺を諦めないでよ」

「え、普通は諦めるよね……?」

「もう黙って」

「んむむむ」


 もう一度口を摘まんでおいた。さっきよりほんの少しだけ強めに。


「んもう、なに?」

「ほんとは口で塞ぎたいところを指にしてるんだけど」

「……」

 ビアがごろんと反対を向いてしまった。

 そう、今俺たちは俺が選んだ揃いの寝間着を着て、同じ寝台で寝ながら清く正しく会話しているのである。


 なんとかぎりぎりで彼女と婚約できた今、俺は長年の鬱憤、いや焦燥を解き放って彼女に毎回いろんな手を使って仕掛けている。

 さんざん友達扱いされてきたからな……俺が男であることに嫌でも気づいてもらわないと。


 少し起き上がって彼女に被さるように手をつき、あちらを向いたままのビアの顔を超至近距離で覗き込んだ。ああ、なんて君は華奢で小さくてふわふわで柔らかくて可愛いのだろう。俺がちょっと被さっただけで君のすべてが俺の影に隠れてしまう。


「わわわわわ、なななな何」

「ビアは……俺が何年もビアを諦めなかった理由を聞き出したいの? 俺が、ビアをどうしても愛していてどんなに我慢を強いられても君と付き合いたくて結婚したくて他の女性なんか見る暇もなくずーっと勝機を伺っていたんだって、言わせたいの?」

「あわわわわわ」


 あ、ビアがうつ伏せになってしまった。『違うよ、そんなつもりじゃなかった』と慌てて弁解する彼女の耳が真っ赤で、ふーむ……これはどうしたものか、ばくっと耳を食べて舐めて吸ってしまっていいのだろうか、と真面目に考えた。


「アルト、ち、近い」

「…………」


 うつ伏せのビアの上にほんの少し乗っかり体重をかけてみたら、彼女はびくっと大きく揺れて、より一層縮こまった。はあぁぁああ可愛い……! 俺の婚約者! この人が俺の妻になる! ずっと待って耐えて堪えてめげずにいて良かった。


「ビア……愛してるよ。式まであと三か月だな……?」

「…………」

「式が終わったらビアを全部、俺にくれる約束だからね」


 たまらなくなって彼女の耳に唇を寄せたら、ものすごい勢いで飛び跳ねた。


「はあ……ビア可愛い、」

「一緒に寝るたびにこういうことするならもうアルトの家に泊まらない」

「!?」


 今度は俺が飛び跳ねる番だった。


「……私、こういうのはゆっくりがいいよ」

「え、ビア、」

「これも、いつものあれも、あとこの前のあれも、もうあんまりしたくない。だって恥ずかしいもん……」

「でもビア、結婚したら多分、毎日ああいうことをするよ……? 少しずつ慣れて欲しいなって思って」

「結婚してからじゃだめ?」

「…………ビアが好きだから、ビアがそばにいると俺は我慢できない」

「なら、次に会うのは式場にしよう」

「待ってわかったごめんよ、もう何もしない。ほら、しない。離れたから……!」


 急いで寝台の端までずれた。


 彼女がうつ伏せのまま怯えた目でこちらをちら、と見る。ああぁぁあ嘘だろう、そんなに怖がらせていたのか!?


「ごめんビア。怖かったか?」

「……うん」

「そうか、我慢していたんだね。はぁ……気付かなくてごめん。もう無理やりに触らない」

「……なんかアルトが知らない人みたいになるんだもん」

「それは、俺も男だから……ビアが知らない一面もあるさ」

「うん……でも……」

「……でも……? 何……?」

「……私、知らない人のおうちにはもう泊まれないかも」

「わかった。ビアが知ってる俺でいる。ビアがいいって言うまでそうする」


「……」


「ビア、俺は明日も君に会いたい。泊まりにも来てほしいし、いつも君の一番近くに居たい」

「……」

「あ、じゃあ俺はこの床で寝るから。な? それなら安全だろう? 怖くないよな? ……お願いだから、ビアはここに居てくれないか」

 言いながら慌てて寝台から降りた。


「……ふふっ!」


 彼女が笑った。


「ふふふ、もう大丈夫だよ! あの、ごめんね……私まだ慣れない……床は痛いから寝台で寝てね。はい、隣どうぞ」


「…………」


 はあぁぁぁあぁあ…………! ビアが笑った。ああ良かった、ああ焦った。詰まっていた息が全部出た。






 最初より少しだけ間を空け、また二人並んで寝る。


「……手なら、いいよ? いる……?」


 気にしたのか、ビアが申し訳なさそうに俺に手を見せた。


「いる」


 きゅ、と優しくにぎる。


「アルトおやすみ」


「うん、おやすみビア」



 ほら。

 俺の魔術も鍛えた体もあらゆる能力も、なんにも役に立ちやしない。


 唯一通じるのは……君へのやさしくて熱くて強い、俺が誇れるこの嘘偽りのない想い。

 そう、これだけ。








 Stalk My Sleepin' Love おわり

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ねむるきみ、やさしい囲い 真里谷サウス @maliyasouth

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