第5話 終わりに

 終わりに。六花さんが家に行きたいというので、僕は彼女と共に家へと帰った。


「あ、お帰りなさい誠太郎さん。今日は、カレーを作ったんだけ……ど」


 あ。

 和泉若菜——現在は式崎若菜——は、持っていたおたまを床に落とした。

 付いたカレーが床にばらまかれる。


「あーそうですか、なるほど。彼女さんですか、そうですか」

「いや、ええと、これは」

「よろしくお願いします。妹さん、ですか?」

「見も知らぬ彼女さんですが、それは見た目が幼稚ということですか?」

「ちょっと待って、話を」

「いえ、その。若く見えたので」

「若く見えるというのがうれしいのは、三十路あたりからです」

「そろそろやめようか。お母さんがあっちで怒ってるし」

「不束者ですが、仲良くさせていただけたらと思います。お姉さん」

「お姉さん、ですか。シスコンなんですね、誠太郎さん」

「シスコンってどちらにせよシスコンにならない? ってかシスコンじゃないし」

「シスコンなんですか?」

「シスコンですよね?」

「シスコンシスコン言うな!」


 イライラを抑えつつ、お母さんが近づいてきた。


「3人とも何やってんの? 早くご飯の支度しましょう? そうだ、君も手伝ってよ。お名前は?」

「ええと、橘六花と言います」

「母です。よろしくね。それじゃ、若菜とお兄ちゃんの手伝いしてもらっていい? 誠太郎、話がある」


「……はい」


 お母さんは怒ると怖い。普段怒ることはめったにないが、人間関係——特に男女関係についてはこまかく追及してくる。


「さすがに二人は養えないわよ」

「別にもう一人養ってほしいんじゃなくて、本当に友達で」

「友達? 彼女じゃなくて?」

「それは、まだというか」

「まだってどういうことよ」

「告白はしたんだけど……断られたというか、一個前というか」

「……どういうこと?」


 なるべく女神のことについてはフィクションを織り交ぜつつ、事の顛末をすべて話した。わかってくれることを祈るしかない。


「……わかったわ。ってことは、若菜はお姉ちゃんで、六花は想い人ってことでいいのね?」

「もちろん」

「ならいいわ」


 なんとか免れた。

 兄貴はこういうことに何も言ってこないのが救いである。

「まあ、俺に関係ないし。てか、いつかはこうなると思ってたし」

「いやどういうことだよ」

 そんな風に返してくれる優しさである。


 夕食を共にした後、僕は六花を家まで送った。


「今日は、ありがとね。まさか、お兄さんとお姉さんがいる、3人兄弟だったなんて」

「……まあね」


 和泉若菜のことは、言わないでおこうか。いや、もしかすると知っているのかもしれない。

 六花さんのことだ、学校の伝説は知っているはずだ。


「あの、若菜さんって人だけどさ」

 六花さんは、呟いた。それから、間を空けて、彼女は決意するようにこぶしを握った。

「綺麗な人だよね」


 その笑顔に、僕は恋をする。


 橘六花という夏に降る雪は、僕の心で融けていく。


「ほんとにな」


 募る罪悪感という雪は融けぬままで。

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