第4話 解決策
橘六花に女神が住み着いているという事実とようやく邂逅したわけだが、その可能性があるという話は前々から知っていた。
話すタイミングがなかったから、と言い訳をしておこう。
僕——式崎誠太郎は、数日前にこの作戦について聞かされていた。
アトリエにて。
「橘六花って、学級委員長の?」
「そうよ、君のクラスの学級委員長さん」
「でも彼女は確かに人間だ。幽霊とか、そういうのではなかったぞ?」
「ああ、そのことならこちらで結論が付いたんだよ」
「結論?」
「彼女が、どうして幽霊のままあの学校にいたのか」
「……なんで、なんだ?」
「彼女に憑いた女神。それは、停止の女神なの」
「停止の女神? 時間停止ってことか?」
「まあ、そうなるわ。停止。時間停止。成長も、老化もしない。ある種の、コールドスリープ状態。そう見えてもおかしくないでしょうね」
「なんだその言い方は」
「成長を止めるというのが、正しくなかった。止めるんじゃなくって、保つってのが正解だったのよ」
「成長を、保つ」
「不老だけでなく、不死であったということね」
「でも、彼女は実際幽霊で、」
「そこが間違いだったのよ。彼女は死んでいないの。証拠に、傷一つないし」
「……」
言われてみれば、確かに彼女は怪我をしていない。傷の治りが速いのかと思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。
「『ねずみ姫』の話って、もしかして」
「女神誕生の由来、かもしれない」
「……」
そういえば、そんな話も学級委員長もしていたかもしれない。
「方城七伝」
「君、知っているのかい?」
千桜さんは、目を丸くして僕の方を見つめた。
「え、いや委員長がそれを」
「あれは、まだ原本が見つかっていないんだ。あるのは全部コピーで、複製で、剥製なんだ。もし持っているのだとすれば、間違いなくかかわりがある」
「そうなんですか? てか、校長が持っているんじゃ」
「校長が持っているわけがないだろ」
「そうなんですか?」
「……そう、なんだよ。だって、校長は」
「校長は?」
「あ、……あっち側の人間だから」
「あっち?」
「とにかく、橘六花に接触を試みるぞ」
「って、僕どうすれば」
彼女はふと考え始めた。何を思い返し、何を整理しているかは定かではないが、少なくとも名案は浮かんだらしい。
「誘導するのは笠木に任せる。お前は、そのままでいろ」
「そのままでってどういうことだよ」
「まあ、いいんだ。そのままで」
そんなこんなで、ついに千桜さん以外の女神と遭遇することになった。
「これが、女神」
千桜さんの女神は、ヨーロッパで生まれたんですかと言わんばかりの美しさと洗練された見た目が特徴的であったが、打って変わってこちらはこの地域独特の麗しき女性という雰囲気が感じられる。
「こ、こんにちは」
僕の挨拶に、こくん、とうなずくだけだった。
「千桜さん、この人が女神、なんですよね?」
「まあ、女神と言っても四者四様だから」
「そういうことですか。それで、こんな小さい子が」
「なんだ。身長が小さかったら学生になっちゃいけないのか?」
「イラつかないでください。自分も小さいからって」
「女神姿ならお前よりでかい」
「お姉さん感出してくださいよ、女神さまの時みたいに」
「少なくともお前には出さない」
「えー」
「うるさい、ばーか」
「イチャイチャしてるところ悪いんだけどさ、柊、せーたろー。女神様、めちゃくちゃ怒ってるぞ?」
「え?」
笠木の言葉に促されるように一瞥すると、女神は血眼になっていた。普段なら「怒っている女の子、かわいい」とかって変なことを考えるのだが、今回はそんなことをしている場合ではない。
凄惨な怒り方だ。
「なんで、こんなに?」
「さっきまでの私の解説聞いてなかった?」
「え、何が?」
「鈍感」
刹那。女神さまは懐に手を突っ込み、何かを手にした。
「来る」
千桜さんの声を聴く前に、僕は千桜さんにつかまれてしまった。
「黙ってろ」その声とともに、僕は投げられてしまった。
「え、いや、ええ?」人間、パニックになると声も出ないらしい。
痛い、という準備をしていたのに、痛覚は少しも反応しない。とうとうぶっ壊れたのかと思ったが、そういうことでもないらしい。けがをしていないのだ。あざもない。
「……なんで、けんかになって……」
ああ、そういうことか。
彼女に憑いた女神は、憑いた人間を幸せにすることを主としている。時間輪廻とはつまり、『幸せになるまで永遠とやり続ける』ということなのだろう。
ともすれば、今まで僕が受けてきた悲劇というか、不幸なことは、彼女にとっての幸せを追求した結果ということになる。
彼女が二人で登校したいと願ったから。
彼女が、一緒のところを目指してほしくて。
なんだ、それ。なんだよ、それ。
どうしてそこまで僕を好き好んでくれるんだよ。
……まさか、これも。痛みがなかったというのも、彼女のおかげだというのか。
……なんだこの子、すごくいい子じゃないか。
特にそんな目で見ていなかったといえば申し訳ないが——申し訳ないのか?——メガネっ子でめちゃくちゃかわいいし。
もしかして、彼女が?
そんなことを考えている間、彼女らは戦っていた。
構図としては、千桜さんの防戦一方だった。彼女が——橘さんに憑いた女神が懐から取り出していたのは、本物の刀のようだった。しかし、それを千桜さんはティアラで対応する。完全に女神になるには、体力を費やすのだろうか。
しかし、このままでは千桜さんもいつ怪我をするかわからない。千桜さんには怪我してほしいわけがないし、橘さんを加害者にしたくもない。
出した答えは。
飛び出した僕と同時に、笠木も反対方向から向かってきた。
アイコンタクトを交わして、僕は円環の女神の背中に抱き着いた。
笠木は、笠木は?
暴れる女神からなんとか見えたのは、笠木が千桜さんを抱きしめ、背中で攻撃を受けているところだった。
「笠木、大丈夫か?」
「余裕だよ。女の子を助けるくらい」
「……なら、最初からいてよ」
「女神vs女神に、人間が入れるかよ」
「これだから」
とにかく、彼女たちが無事でよかった。僕が抱きしめた方はというと。
「……あの、誠太郎、君? これは、いったい?」
「ああ、ええと」なんと言うべきなのか。
「とりあえず、ありがとうな。こんなに想ってくれて。ちょっと怖いけど」
「え? え? え?」
照れている。顔は見えないけれど、確かに照れている。
「まだ、僕の中の君よりも、君の中の僕の方が、占領している割合は大きいかもしれないけどさ。僕も、君のことが好きになったんだ」
「ちょ、ちょっと?」
「時間かかるかもしれないけど、絶対に変わらないから。ずっと、どんどん、好きになると思うから」
「何を、言ってるの?」
「好きだよ、六花さん。もしよかったら、付き合ってほしい」
「……いいの? 出会って、そんなに経っていないのに?」
「もちろん」
「待って。なら、ちゃんと友達として、付き合いましょう?」
「……わかったけど、どうして?」
「心の準備っていうのもあるけど。もう少しだけ、友達って段階をすっ飛ばしたくないから」
「本当にまじめだなぁ。六花さんは」
今まで黙っていた二人が、ようやく口を開いた。
「あの、それで……解決になるの?」
「まあ、いいじゃん柊。二人の時間なんだし」
「それなら、いいけど。やっぱり毎回思うけど、ぱっとしないよね」
「だって、フィナーレは冬でしょうよ。それとも何? お涙頂戴でも欲しいわけ?」
「そうじゃないけど、もうちょっとなんかサプライズ的なのがあれば」
「なら、俺がしてあげましょう、
抱き合いから離れて、あたりの片づけをしていたため、耳で聴くだけでその現場は一切見ていなかったのだが、見ていた六花さんが言うには。
「あんなに驚いた柊さん、初めて」
だそうだ。
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