死んじゃった彼女の話をしようか

南国アイス

死んじゃった彼女の話をしようか

 初めて家出したのは彼女がきっかけだった。


 それまでは高校の時から付き合っていた女性とくっついたり離れたりしていたのだが、なんとかこのお互いの依存関係を解消したいと思っていた。


 依存していた理由はセックスだ。


 高校生なんてそりゃもう暇があればセックス。学校よりもセックス。飯よりもセックス。家族よりもセックス。そんな年頃。


 バイトもせずに金のなかった僕は彼女がデートクラブで働いたお金で高校生の頃から叙々苑を頻繁に食べさせてもらったり、回らない寿司を食べさせてもらったりしていた。


 僕はというと、放課後はもっぱら友人たちと高校の近くにあった公園でスケボーに勤しんでいた。暗くなればそのまま友達の家に行って、音楽談義で楽しんだ。


 彼女のバイトが終わると、ポケベルが鳴る。


 待ち合わせ時間を確認した僕は地元の駅の改札で彼女と待ち合わせ。


 地元の溜まり場だったゲーセンのトイレで春夏秋冬セックスに勤しんだ。


 高校時代のほとんどの時間はスケボーと音楽とセックスしかしていなかった。


 つまり、僕は割と最低な人間だし、セックス依存症だったのかもしれない。


 高校も卒業し、専門学校に通った。


 最初は働こうと思ったが、親になだめられ、ここならいいかなという適当な理由で選んだ専門学校で学んだのは「音響芸術」という名のひたすらケーブル作りや映画鑑賞、ミキサー卓の使い方などを学ぶ学科だった。


 生活は高校の頃と大して変わりはしなかった。


 一つ違ったのは、一人暮らしをしたことだ。


 理由はもちろんセックスだ。


 暖かい部屋でセックスがし放題なんだ。


 そんな一人暮らしををする犠牲として僕が差し出したのは、奨学金返済のための新聞配達という労働だった。


 そんなこんなで高校の頃に、地元の男友達の彼女だった女性と付き合い始めてから数年。彼女はトリマーの専門学校に進学した。


 僕の生活は相変わらず、スケボーと音楽とセックス、そして新聞配達がプラスされただけだった。


 しかし、新聞配達と学業の両立は僕には無理だった。


 だって遊びたいんだもん。


 そうして新聞配達をやめ、自動的に専門学校も辞めた。


 それと同時に一人暮らしも終わりを告げ、しばらくは軽いアルバイトをしながら実家で生活していた。あまり先のことは考えていなかった。


 その頃から、彼女ともくっついたり離れたりすることが増えた。


 それでも、セックスをすると毎回よりを戻してしまう。


 そんな関係にお互い疲れていた頃、僕らは成人式を迎えた。


 懐かしい顔ぶれに話が弾む。


 そんな中、懐かしい女性に再会した。


 僕が小学生の頃、密かに好きだった女の子「ゆきちゃん」だ。


 ゆきちゃんはキリッとした瞳に雪のように白い肌、そして以前と変わらない綺麗なストレートの黒髪。


 さすがにもう小学生じゃない。僕は久しぶりに会ったゆきちゃんに声をかけた。


 思いの外、話が弾んだ。


 成人式のあと、地元の友人たちと居酒屋でみんなと落ち合うと、ゆきちゃんも来ていた。


 飲みの席で僕らは意気投合。そのまま彼女が一人暮らししているアパートに転がり込んだ。


 別にセックスをしたかったわけじゃない。


 ただ、心地よかったんだ。


 彼女と過ごす時間は心地よかった。カメラマンを目指し、一人で海外の僻地へ飛んで行ってしまうほどの行動力の持ち主だった。


 写真の専門学校に行きながらアルバイトをし、お金が貯まると、長期の休みを取って、ぽーんと海外へと足を運んでいた。


 彼女の部屋には、自分でフィルムを現像するため、暗室にできるように遮光性のカーテンが部屋の一部に吊り下げてあった。彼女が現像作業をしている間は僕も暗闇に付き合った。


 なぜか知らないが、僕は初日に転がり込んだ日から、そのまま居座り続けてる。


 でも、付き合っているわけでもない。


 セックスもない。


 僕らの関係はなんだろう。


 別にいっか?


 ただただ、心地よかった。楽しかった。


 転がり込んだその日を境に、ずっと付き合っていた彼女ともよりを戻すことは二度となかった。


 家出をしてから親父の会社で働くことになった。その頃になると、地元を離れたぼくとゆきちゃんは西荻窪に一緒にアパートを借りていた。約二年働いたあと、僕は初めての海外旅行を計画した。約一ヶ月のカナダ旅行のため会社も辞めた。


 カナダから戻ってきた僕にゆきちゃんが次の旅行先に一緒に行かないかと相談してきた。


 彼女が計画していた旅行先はモロッコだった。


 絶対面白いから!


 彼女はそう言って旅のお供に僕を誘ってくれた。しかし、カナダでの旅行でお金を使い果たした僕は、行きたいけどお金がないからと断ろうとしたが、ゆきちゃんは私がお金出すからと言った。


 せっかくのチャンスでもあった。また働き始めれば、なかなか長い休みなどは取れない。


 僕はゆきちゃんに甘えて、一緒にモロッコへ旅立った。


 今度は三週間の旅である。カナダから戻ってわずか一週間後にはモロッコ行きの飛行機に乗っていた。


 行って良かった。


 現地の乞食に辟易し、壮大な下痢に見舞われ、お金を盗まれ、砂漠に感動し、マラケシュで羊の脳みそを食べ、モスクで迷子になって半日会えなかったし、電気のないホテルで焚き火を囲みながら現地の人間とゆきちゃんと一緒にマリファナも吸った。


 僕は横目で彼女の顔をときどき覗いていた。


 ゆきちゃんの瞳はずっと輝いていた。


 知らなかった世界に。


 目の前のもの、全てに希望が溢れているかのように。


 みたことのない異世界のようなマラケシュの街並み、壁面がブルーで統一された街、崖っぷちの悪路を突っ走るバスに乗って、クスクスを食べながら三週間が過ぎた。


 ゆきちゃんはどんだけのフィルムを使ったのだろう。


 きっとものすごい量のフィルムを使い切ったはずだ。


 僕らは日本へ戻り、またいつものせわしない生活に戻った。


 僕は新しいアルバイトを見つけた。しばらくの間はシフトを入れまくってお金を稼ぐことに集中した。


 そこで、仲良くなったバイト仲間と飲みに行った。何度も飲みに行くにつれ、今度はお互いの知り合いを呼んで、軽くコンパしようという話になった。


 そのコンパで僕は、次の彼女に出会う。


 僕もそろそろセックスがしたかった。


 以前、一度だけゆきちゃんとセックスをしたけど、その後はやっぱりやめようとお互いに話し合ってからは、それきりだった。


 僕とゆきちゃんの同居生活は突然終わった。


 他に好きな人ができた。


 そう言って、家を出て行くと伝えたとき、最後にゆきちゃんが泣いていたのを覚えている。なんで泣くんだよって文句を言いたかった。僕まで泣いてしまった。


 それからいろいろあって今僕はタイにいる。


 数年前、一度日本へ帰国した時に、昔の友人たちに会った。


 もう、ずっと忘れていた彼女の名前が出た。


「ゆきちゃん、4年前に病気で死んじゃったの知ってた?」


 僕とゆきちゃんが付き合っていたのを知っている友達がわざわざ報告してくれた。どうも脳出血だったらしいと。まぁ、付き合っていたというには不自然で、付き合っていなかったというのもなんだか説得力にかける。そんな間柄だったから。でも、友人たちは付き合っていたという認識だったようだ。


 あのモロッコで見たゆきちゃんの輝く瞳を思い出した。


 希望に満ち溢れたようなあの瞳を。


 僕と離れた後、カメラマンとしての仕事で生活をし、新しい相棒にも恵まれ、結婚して新しい生活を送っていた矢先のことだったらしい。


 ゆきちゃんは三十代という若さで死んでしまった。


 ゆきちゃんの死を聞いた僕は、なぜだか悲しくはなかった。


 なぜか、その短命さを「ゆきちゃんらしいな」なんて勝手に思ってしまった。


 いろんな国を渡り歩いて、世界中に友達を作って、あんなにも世界に希望を持っていたゆきちゃんはみんなを残してさっさとこの世からいなくなってしまった。


 でも、なぜだか悲しくはなかった。


 時折、ゆきちゃんの輝いた瞳を思い出す。


 そんな時、僕は目を閉じて、一緒に旅した記憶や西荻窪での生活の記憶の断片を思い描く。


 なぜだか悲しくはない。きっとまだどこかの国を旅しながら生きているんだろう?


 そんな風に思えて仕方ないんだ。

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