0、HILDOLV

「みんなのとこに行かなくて良かったの?」

リリーおばさんが言う。

「ええ、今日は私用事があるから」

私が出かけようとしていると、ふとラジオが聞こえる。

・・・あれから十年がたちました。十年前の今日、ここトロイメントでスリーピィヘッドによる大規模なテロがありました。

「そういえばあなたがここで働くようになったのもこの頃だったわね、もう十年になるのか」

ラジオを聞いておばさんが思い出したように言う。

「じゃあ私は用があるので、これで行きますね」

彼女が余計なことを思い出す前に私は出かけることにした。

「いってらっしゃい、ユリアちゃん」

 ヒルドールヴという姓は今でこそ、忌み嫌われているが中世から続くアプルーエの貴族としてまた財閥として有名であった。しかし病弱な一族としても知られており、この狼の紋章を受け継ぐ一族はついに誰もいなくなっていた。その最後の一人”リトゥナ・ヒルドールヴ”の行方は知られていなかった。彼女がいなくなり狼はいなくなった。

 町を見下ろせる広くて高い、しかし何もない丘の上、一人の少女が立っていた。俺はついに彼女に会えた。

「ユリア・マーガレットだな」

俺は声を掛ける。知っているそれが仮の名前であることを。

「・・・あなたは誰です?」

「俺はムーン・ヒルドールヴ、ヒルドールヴ最後の生き残りだ」

俺は俺に与えられた名前を言う。

「ひるどるぶ?」

彼女は困惑しながら言う。

「この城にはなんのようで来たんだ?」

「ここがお城ですって?」

彼女は初めて笑った。

そうここは”何もない”丘だ。もう彼らの城はない。もう総ては過去の話だ。

「ここに墓参りに来たのか」

木の板で作られた簡素な墓が六つおいてあった。そこには”ロブ・ホスタ”、”ケヴ・クジャクアスター”、”ジェームズ・グラジオラス”、”アレックス・ダッチマンズパイプ”、”レベッカ・クリスマスローズ”と書いてあり、そして最後の1つには”ヒルドルブ”と書いてあった。

「もう十年になるんですね」

二人で空を見上げる。

そこにはトンドルが輝いていた。

「君が、リトゥナ・ヒルドールヴだよね」

俺はついに彼女の名を言う。

 ・・・あの日、月を目指して落ちたあの日、私は目をさました。心地よい夢からは覚めたけど、ふと現実を思い出すと気分が重くなる。

私の望みは叶ったのだ。完全な”リヴィング・フィールド”にね。アームヘッドに知能を転写した新しいからだ!もう病気とはおさらばなのね!

「満足か?おまえが望んだ結果だぞ、ルコと同じな」

あいつが言う。なぜ私にあいつはこんなことを?酷いことをいっぱいしたのに?何度も考えた、その当然の疑問に。

ある日、私は気付く。

”私は本当にリトゥナ・ヒルドールヴなのか?”

「彼女は死んだわ、今の私はユリア・マーガレット」

私は髪をかき上げて、彼にアームホーンを見せつける。

「死ねない体を手に入れて、私は私でなくなった、もう私はリトゥナじゃない」

私は六つめの墓を見せる。

「これは彼女のお墓、リトゥナ・”ヒルドルブ”のね」

もう戻れない。

私は彼の元を走り去った。

0-リスタート

 何年も見た目が変わらない”ユリア・マーガレット”は噂になるのが当然だった。あいつはアームヘッドではないのか?あらぬ噂が立てられ、アームヘッド排斥の当事の風潮もあり、彼女への風当たりは強くなった。


 もう何年もあの場所にいっていない、あの日から、リリーおばさんから店を受け継いで何年?私がヘブンに取り残されて何年?私が死んでから何年?


 彼女は決心した。あの丘から身を投げればこの奇妙なアームヘッド”ユリア・マーガレット”もリトゥナのところへ行けるだろう。何度も落ちればこの体も壊れるだろう。私は私に戻る。


 あれから百年がたった。私はあの丘へ向かう。私の城へ。もう誰も住んでいない廃墟を走りながら、すぐにそこに付いた。

 丘からの風景は見ないうちにずいぶん変わっていた。取り残されていく感覚、いつも感じていた。崖のほうへ歩みを進める。何かに躓く。木の板だ。前に見たときと何も変わっていない。いや違う一本足りない。私の分が。

「久しぶりだな」

ヒルドルブが私に声を掛ける。

「ずっと待っていたの?」

「ああ、リトゥナ、いつまでもな。だが来て良かった」

彼が夜空を見る。

「おまえが行くのは下じゃなくて、上だろ?」

彼がからかうように言う。

「ヒルドルブ、リトゥナはもう…」

「俺だって変わってしまった」

彼が遮るように言う。

「でも俺たちは覚えているあの日の約束を、罪滅ぼしにも、気休めにもならないけど。トンドルの月に行こうって、そいつを覚えてるならおまえはリトゥナ以外の誰でもない」


「…ありがとう。」

小声で私は彼に答える、もやもや少しだけ消えた気がした、でもきっと気のせい。だけど気のせいが続くといいな。だからそれが消えないうちに…。

「ああ、そうだったな。忘れていたぜ」

”俺”は答える。

トンドルはあの頃と何も変わっていない。



………ムーン・ヒルドールヴとリトゥナ・ヒルドールヴはついに目指した地に立っていた。青いヘヴンを見下ろして。

 2匹の狼の行方はもう誰も知らない。


サブアームヘッド終わり

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アームヘッド マキータ年代記 みぐだしょ @yosidagumi2000

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