第2話

「――――……冒険がスタバってのはどうかと思ったが」

 鴨木さんは、はああ、と深いため息をついた。「美人の警護ってのは確かにアドベンチャーだ。来てよかったぜ……!」


 松江のスタバ。そのだだっ広い駐車場である。


 鴨木さんがハンドルを握る車からは、店内が見通せた。

 そこに、一際見目麗しき美女が、憂いを帯びた目でアイスコーヒーらしきものを飲んでいる。彼女が例のダチの神らしい。


「珈琲飲みに来ただけなら、そのうち帰るんじゃないの?」

 後部座席で、私は隣の柳楽にいったが、「だといいんだけどな」と、いまいち煮え切らない。


「ところで鴨木さん」

 気を取り直し、私は、車に乗り込んでからずっと気になっているものを指さした。

「それ、何ですか?」

 長い袋状のものが、助手席に斜めに置かれている。

「これか?刀だ」

 芳香剤だ、くらいの勢いで鴨木さんはいった。

「か……刀あ!?」

「ここの出身なら彩ちゃんだって鋼の包丁の一本や二本持ってるだろ?」

「い、いや、料理しないので、そもそも包丁持ってないですけど……」

「マジかお前」

「うるさい」

 柳楽を睨んでいると、「あろうことか市役所の職員が泣けてくるぜ」と、鴨木さんは涙を拭く真似をする。


 今年はウイルスの影響で中止となったが、ここY市では、毎年「刃物祭り」が開催されるほど、昔から‘たたら製鉄’が盛えた鋼の街として有名なのだ。


「いいかい、彩ちゃん。神々と渡り合える唯一無二の武器、それが和鋼の刀だ。今のうち包丁くらい握っといたほうがいいぞ」

「包丁と刀じゃ全然違う気が……」

「それ、いっつも持ち歩いてんスか?」

「一応護身用にな」

 柳楽に、鴨木さんは頷く。

「この刀は普通の人間が持っても力は発揮しねえ。裏市役所の人間が扱って初めて武器となる代物よ。彩ちゃんもそのうちもらうはずだぞ。一人一本の必須アイテムだからな」

「そんなの絶対無理なんですけど!」

「まあ何事も練習あるのみだ」

 わはは、と鴨木さんは豪快に笑う。


「お、動いた」

 そこで柳楽がいった。


 見ると、黒髪の美女は優雅に席を立ち、店を出るところだ。


 白い半袖ワンピースにミュールをはいた彼女は、視線を浴びながら、颯爽とスポーツカーに乗り込んだ。


「とりあえず尾行だな」

 鴨木さんは、嬉しそうにエンジンをかけた。



 それから彼女は――――いろいろな場所を回った。


 松江城に行って近くで出雲そばを食べ、足立美術館にも足を運んだ。 


 オーソドックスな観光プランに、夜勤明けの私は何度か睡魔に襲われたが、彼女は、時折写真を撮り、心から楽しんでいるようだった。

 


 そして――――彼女が最後に選んだのは、宍道湖しんじこだった。


 静かな湖畔。

 夏の赤い夕陽を背に、彼女のシルエットが黒く浮かぶ。


「……もう充分楽しんだだろ」


 とっくに気が付いていたのだろう。柳楽の声に、ゆっくりと振り向いた彼女は、驚きもしなかった。


 しかし、私たち――――もとい鴨木さんが背負う布袋を見た途端、すっとその眼差しが細くなった。


「……その者たちとは帰らぬぞ」

「いや、こいつらは――――」

「人間如きがわらわを支配しようなどと笑止千万」

 柳楽の言葉を遮り、彼女は片手を上げた。


「――――この力、試してくれようか?」


 突然、空気がビリビリと震えだす。


「え?ちょ、ちょっ……!」

 何やら光を集め始めた彼女の姿に、私は後退って叫んだ。「か、鴨木さん鴨木さんっ!」

「ちょ、ちょっと待て!」


「おい、やめろ!」

 クタミ!と柳楽が叫ぶと同時に、彼女はにやりと笑った。


「食らうがいい!」


「ギャーーーッ!」


 私が悲鳴を上げ、「袋がっ!袋が取れんっ」と鴨木さんの焦りが頂点に達した、そのとき――――

 

 ギィィィンッ


 水面に、不協和音が響き渡った。


「――――……何でアンタみたいな大神がこんなとこにいるんですかね」


「課長~~~ッ!」

 涙目の私の目の前に、光を刀で受け止めた大櫃課長がいた。


「…………大櫃」

 彼女の目が少し見開かれる。


「また出雲市役所の連中に叱られますよ」


 彼女は、大人しく手を降ろす。


 刀身を鞘に納めた課長が、「大丈夫か?」と振り向いた。私はこくこく、と無言で頷く。


「彼女は久多見くたみ神っていって、出雲大社に祀られている大神様。本来、外に出るべきじゃないんだけど……」

 課長の視線に促されるように、「悪かったな、角森」と、柳楽が申し訳なさそうにいった。


「そちが謝ることはない。わらわはただ出雲の連中が嫌いなのじゃ」

 フン、と彼女――――久多見神様はそっぽを向いた。


 ははあ、と納得したように鴨木さんが顎に手をやる。

「つまりこれは、大神様の一夏の冒険だったわけか」


「し……死ぬかと思った……!」

 今になって、へなへな、と腰が抜ける。

「角森も冒険だったな」

 大櫃課長が笑った。



 ――――その後、久多見神様は無事に出雲本殿に御帰りになり、プチ家出を手伝った柳楽にもお咎めがなかったらしい。



 そして私は――――


「タンクトップを着てる男子がダサいとかいって売れないんです~!!」

「えーっと?下着の神様……!ようこそ裏市役所へ!」


 今日も元気に、八百万の神々の相談に乗っている。


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神様捕獲大作戦‼ 涼宮紗門 @szmy

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