神様捕獲大作戦‼
涼宮紗門
第1話
「――――そんなわけで、東京2020を救う手立てはないもんかのう!」
「そうですねえ……」
赤い羽織を着て、日本国旗を帽子にさしたお爺さんを前に、私は、うーむ、と腕を組んだ。
件のウイルスの影響で、オリンピック延期が決まって4ヵ月。
全国で初めて感染者がゼロとなった、2020年7月のことだ。
ここへ来て突然、オリンピックの、あの組市松紋のエンブレムを変更しようとする動きが出てきたのである。
「わしゃあ、あれらがどんどん消えていくかと思うと、もう悲しゅうて悲しゅうて……」
よよよ、とお爺さんは涙に暮れる。
「じゃあ……あのロゴはそのままに、数字を2021に変える、というのではどうでしょう?」
というかそれしか思いつかないのだが、「なるほど!」とお爺さんの顔がぱっと晴れた。
「そしたら全部消えることはないですよね!デザインはそのままにして下さいって、うちからも国に猛プッシュしておきます!」
「すまんのう!ありがとうよ」
一転、足取り軽く出口に向かうお爺さんに頭を下げ、私はすぐに
「
すぐにそう聞いてきた課長に、「違います」と頭を振り、私は相談シートを渡した。
「ははあ、エンブレムの神様か……。ふむ、オリンピックのロゴをそのままにしてほしい、と。まあ
「通りますかね?」
「話が出たばっかりだから、今のうちに都知事に伝えれば大丈夫だろう」
「最優先でお願いします!」
可、と判子を決済欄に押し、課長は決裁箱に相談シートを入れた。
今日も相変わらず島根にはもったいないほどのイケメンだ。
「課長はオリンピック興味ありましたっけ?」
「人並にな。角森は全然なさそうだな」
大櫃課長はズバリ言った。「ワールドカップの決勝戦もニュースのハイライトで済ませるタイプだろう」
「な、何故それを!……いや、でも私も悲しいですよ。もしコロナがなければって……」
いってから、ふと私は疑問を抱いた。
「そういえば、ウイルスの神様っているですか?」
「あー、そっちは‘鬼’の分類だから。うちの管轄外」
そうなんですね、と言ったとき、チーン、と鐘が鳴った。
次のお客さんだ。
私は角森彩。
ここ、島根県Y市の‘裏市役所’の職員である。
唐突だが、裏市役所とは、八百万の神様を相手にするお役所のことで、全国でここと、出雲市にしかなく、そことはライバル関係にある(らしい)。
夜中だけ開いているこの裏市役所には、さっきのエンブレムの神様のように、様々な神様が相談に訪れる。
新人の私の仕事は、誠実丁寧をモットーに、その相談に応えることだ。
「お待たせしました。次の方――――」
どうぞ、と言おうとした私は、目の前に座った人物を見て、思わず言葉を失った。
「…………お前、」
角森、と、相手もまた、私の顔を見たまま絶句する。
「…………。」
「…………。」
「あれ?もしかして彼氏?」
沈黙を破ったのは、後ろを通りがかった、夏でもロン毛の
「違いますよ!」
私は慌てて否定する。
かなり背が伸びて、顔つきも何というか、いかつくなったが、短い茶髪は変わらない。
「こいつは……もとい、この人は
「高校卒業以来だよな……」
「へええええそおおおおおう」
愉しげに目を見開き、「あ、もしかして君、寺の跡取り息子?」と実重先輩は訊ねた。
はあ、と柳楽は頷く。
「このへんじゃ、神仏系の血筋はたまに視える人がいるんだよね。神様が」
じゃ、ごゆっくり、と、実重先輩はニヤニヤしながら立ち去った。
「…………東京のキラキラOLとして一花咲かせるんじゃなかったっけ?」
「やめて。マジでやめて」
訝しげな目で見てくる柳楽を、私は両手で制した。「……ていうか、アンタこそ何でこんなとこに……どうしたの、いったい」
柳楽は一つ息をはいて、言った。
「……ダチの神を、一緒に見守ってほしいんだ」
「――――で、松江のスタバに?」
「よく分かりませんが、絶対スタバに行く!って言ってたらしいんです。多分そこにいるんじゃないかっていう話で」
業務終了後の朝6時半。
私は、再び大櫃課長の前に立っていた。
「その、ダチの神ていうのは?」
「それがどうしても教えてくれなくて……」
ふーん、と頭をかき、課長はちらりと窓口のほうに目をやった。
携帯をいじっている柳楽以外に人……もとい、神々は誰もいない。
「まあ、分かった。あー、
大櫃課長は、帰ろうとしていたオジサン―――アロハシャツを着た職員、鴨木さんを呼び止めた。
「悪いんだけど、こいつに付き合ってやってくれる?」
「へ!?やっと飲みに行けるのに!?」
「ほら鴨木さん、夏は冒険の季節って言ってたじゃない」
大櫃課長は、ぐっと親指をたてた。
「名付けて、2020神様捕獲大作戦ってことで、どう?」
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