愛死少女
あたたかい。雑木林の奥にできた陽だまりに、たんぽぽの綿毛が漂っていた。少女は伸びをする。幼い腕が、子葉の芽吹きのように可愛らしくひろがり、ふるえる。燦々と照らす日光の、そのひかりのすじが揺れ動いて、少女の瞼はまぶしそうに閉じかかった。
「ん……いいお天気ですね」
つぶやくと、少女は足下に視線を落とし、ふかふかの土の上に寝転んだ男を見やる。暗い林のなかにある、すこしひらけたこの場所で、真昼の太陽は男をやわらかく照らした。
少女はほほえんで、起きようとしない男のもとで屈み、顔をのぞきこむ。長くつややかな黒髪が、重力に従って垂れさがった。
「愛せます……」
雪白の頬はほのかに染まり、金色の瞳が男を見つめた。
「あぁ……やっぱり、この方のことも、わたしは愛せます……」
小さな手が男の頬に触れた。ゆっくりと、撫ぜる。
「もうしゃべらなくて……もう動かなくて」
少女は目を三日月のように細めて、口元で妖艶に弧を描いた。
「もう死んでいるから……」
ナイフの尖端に突き刺さった男の腸を、少女は引っ張った。裂かれた腹からずるずると出てきたそれを、肥満体型の男の上に乗せる。少女が素手で腸管の位置を調整している。「んしょ、んしょ……これでよし、です」真っ赤に出血を続ける腸は、男の大きく膨らんだ腹の上でハートのマークを描くように置かれた。それから少女は、スマートフォンを取り出す。カメラアプリを起動すると、男の死体と自分が映るように画角を整えた。
自分の目元をひろげた手のひらで可憐に隠し、何枚か撮影する。
誰も立ち入らない雑木林に、撮影時の電子音が鳴った。
写真アプリのフォルダに、惨死体と一緒の少女の自撮りが保存される。
くすっ、と笑って、少女は満足げに息を吐いた。
「ありがとうございました、今回のおじさん。わたし、あなたへの愛をずっと大切にします。わたしの愛はきっと変わりません。だって」
「死んでいるから、裏切らない」
「死んでいるから、怒鳴らない」
「死んでいるから、ぶってこない」
木漏れ日のゆれる昼下がり。
少女は返り血塗れだった。
「死んでいるから、もう死なない」
――『愛死少女』了――
美少女が人を殺す短編集 かぎろ @kagiro_
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