第92話 航海日誌(抜粋)

 フリージアン二号 船長 トラフ 記す


 九月十二日

 今日、世界樹の島に向け港町ライズの港を出港した。

 予定では到着までに一月以上の長期航海だ。何があるかわからない。気を引き締めていくよう乗組員にも指示を出した。

 特に今回は、オーナーのフリージィさんと、領主の娘さん御一行も一緒だ。

 万が一にも間違いがないよう。万全の体制で望まなければならない。


 九月十五日

 航海は順調だ。順風満帆。なんの問題もない。

 乗組員と乗客の間の関係も良好だ。

 むしろ心配なのは、オーナーの領主の娘さんへの対応だ。

 対応が悪いわけではない。逆だ。良すぎるのだ。

 常に側にいて、隙あらば抱きついている。

 領主の娘さんが鬱陶しそうにしているのに気が付かないのであろうか?


 九月十六日

 今日は、領主の娘さんのメイドが、王鮭(キングサーモン)を釣り上げて、その場で料理して乗組員にも振る舞っていた。

 船の甲板に乗り切らないかと思う程の大物を、一刀の元に解体した包丁捌きは、とても素人のものではなかった。


 九月十九日

 航海は今日も順調だ。順調すぎて、予定の倍以上の速度で進んでいる。

 毎日、海は穏やかなのに、巡航速度最大の追い風が吹き続けている。

 普通ならこんなことはあり得ない。

 乗組員たちは喜んでいるが、得体も知れない力を感じて、俺は恐ろしくなった。

 恐ろしいといえば、フリージィさんの領主の娘さんを見る目だ。あれは変質者のものだ。


 九月二十日

 何やら一部の乗組員の様子がおかしい。

 領主の娘さんを神のように崇め始めた。

 実害はないので放っているが、少し心配である。

 もっとも、オーナーの狂信者ぶりを見ると、そんな心配は不要なのかも知れない。


 九月二十二日

 今日で俺の人生は終わりかと思った。

 大王蛸(クラーケン)が現れて船を襲ってきたのだ。

 幸い、レイニィ様とその護衛とエルフの魔女によって討伐され、ことなきを得た。

 しかし、レイニィ様のあの光り輝く魔法は何だったのだろう。まるで神の力のようである。


 九月二十三日

 今日もレイニィ様は健やかにお過ごしになられた。

 レイニィ様のお力により、航海は極めて順調。既に予定の七割以上を進んでいる。

 ただ午後から雲行きが怪しくなった。

 レイニィ様から「明日は嵐かも知れない」とお告げがあった。


 九月二十四日

 今日、レイニィ様は暴風龍と親交を深められた。

 流石は神である。暴風龍と共に楽しそうに空を舞っていた。

 お告げのとおり嵐になったが、お陰で嵐の被害に遭うこともなく、船は無事嵐を抜けることができた。


 九月二十五日

 世界樹の島が見えてきた。

 このまま順調に進めば後二日で島に到着するだろう。

 こんな早くつくことは普通ではありえない。

 全てレイニィ様の御加護によるものだ。

 今ではレイニィ様への朝晩のお祈りを欠かす者は誰もいない。


 九月二十七日

 記録的な速さで世界樹の島に到着した。

 普通なら一月以上かかるところをその半分の約二週間しかかからなかった。

 この記録を話しても誰も信じられないだろう。

 だが、俺たちはこの奇跡をレイニィ様の名と共に、語り継ぎ広めていかなければならない。

 それが、奇跡を目の当たりにした俺たちの使命だ。


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