第27話 温度計を作るの。

 レイニィは沈んだ気持ちでエルダの部屋に向かっていた。

 それというのも、昨日の事をエルダに問い詰められるのではないかと思っているからだ。

 一方、エルダは上機嫌でレイニィを部屋に迎え入れた。

 

「レイニィ。今日は魔術の訓練を少し休んで、温度計とやらを作ってはどうかと思うのだが、どうだろう?」

「え、先生、温度計を知ってるの?!」


「いや、昨日ミスティに聞いただけだ。レイニィが作りたがっていると」

「何だ、そうなの――」


「それで、どうするのだ。私は温度計とやらに興味があるのだが」

「興味があるの? なら作るの。今すぐ始めるの!」


 レイニィの気持ちは、ジェットコースターの様に上がったり下がったりである。


「こらこら、余り興奮するな。落ち着け」

「そうなの。落ち着いた方がいいの。す、す、はー。す、す、はー」


「何だそれ?」

「す、す、はー。落ち着くための呼吸法? なの」


「それも女神様の加護による知識なのか?」

「えっ?!」


 レイニィは完全に固まってしまった。


「ミスティから聞いている。女神様からの加護で知識を授かったのだろ?」

「お姉ちゃんからなの――」


(特段、お姉ちゃんには口止めしていなかった。女神様の加護で知識を得た事を知られる事は別に構わない。それが、異世界の、前世の記憶だと知られなければ)


「別に警戒しなくても大丈夫だぞ。隠したいと思っている事を無理に聞き出そうとは考えていない。秘密にしたい事は喋らなくていい。ただ、話しても構わない知識があれば教えて欲しい」

「それを聞いてどうするの?」


「新しい知識を得ることは、それ自体が楽しい事だ。勿論、その知識が役立つものであれば、それを利用もするが」

「悪い事には使わないの?」


「悪事には使わないと約束しよう」

「なら、いいの。女神様にも新しい技術を広める様に言われてるの」


「言われてる?」

「何でもないの。それより温度計を作りに行くの」


「どこへ行くのだ?」

「お姉ちゃんの所なの。温度計の材料をもらうの」


 レイニィ達はミスティの部屋に向かった。


「お姉ちゃん。温度計の材料が欲しいの」

「あら、エルダさんも一緒なのね。それで、何が必要なの?」


「アントの脚と、口の大きさが、それが丁度入るくらいの瓶。隙間を埋めるための粘土と、瓶に孔を開けるから、それを塞ぐための栓。あとは、水だと寒いと凍っちゃうから、油とそれに色を付けるための染色剤なの」


「油は調理場からもらって来るとして。他の物は大体揃うかな。探して置くから、レイニィはその間に油をもらって来て」

「はーいなの。先生行くの」


 レイニィとエルダは調理場に向かう。


「あれだけの材料で温度計とやらができるのか?」

「出来るの」


「暑い、寒いがわかる道具なのだよな。魔石はいらないのか?」

「魔力は使わないの」


「魔道具ではないのか――」


 レイニィ達は調理場で油をもらい、戻って来た。


「言われた物は全部あったわよ」


「それじゃあ組み立てるの。

 先ず、瓶の肩口に空気穴を開けるの。この時、しっかり栓が出来る様に気を付けるの。未だ、栓はしないでおくの。

 次に、瓶に、染色剤で色を付けた油を瓶の半分位まで入れるの。

 そして、いよいよ、苦労して手に入れたアントの脚の出番なの。

 このアントの脚の透明な管を瓶の口から挿して、瓶の底より少し上まで差し込んだら動かない様に、瓶の口と透明な管の隙間を粘土で埋めてしまうの。

 この時、空気が漏れない様にしっかり埋まるの。

 次に、瓶の中の油を……」


 そこまで言うと、レイニィが動きを止めた。


「レイニィどうしたの?」

「何か不都合があったか?」

「そうじゃないの。次に、透明な管の途中まで、瓶の中の油を吸い上げるの。

 だけど、アントの脚に口を付けたくないの」


「ああ――」

「そうね。虫に口を付けたくないわよね」

「わかってはいたの。でも、覚悟が出来ないの」


「吸い上げる以外の方法はないの?」


 ミスティが「困ったわ」のポーズでレイニィに聞いた。


「他の方法……。そうなの。風魔法でどうにかなりそうなの。やってみるの。


 レイニィは集中して、管の中の空気を魔法で抜いていった。

 そして、油が管の中央付近に来たところで、瓶の肩口に開けた空気穴を栓でしっかり閉めた。


「出来たの。後は、管に目盛を付ければ完成なの」


 レイニィは念願の温度計の作成に成功した。


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