第8話 侍女に相談するの。

 レイニィは教会からの屋敷に戻ると、姉たちの祝福を受けたが、疲れたからと早々に辞退し、自分の部屋で考え事をしていた。

 女神の加護についてだ。


 前世の記憶(異世界)


 神からの封筒を受けた時、仮職(プレジョブ)と同時に女神の加護も授かった。

 その時は何の違和感もなく前世の記憶を受け入れた。


 だが、余りにもの違和感のなさに逆に心配になってしまう。

 前世の元少女の記憶が、レイニィを乗っ取ってしまったのではないかと。


 今の私は、あの優しい家族が愛しているレイニィでは、ないのではないかと。

 女神の加護のことを家族にも話していないのは、そのためだ。

 愛する家族から、「お前はレイニィではない」と言われるのが怖いのだ。


 家族には相談できない。だが、一人で悩んでいても堂々巡りだ。


「レイニィお嬢様、何かお悩みですか?」


 侍女のスノウィがそっとお茶を差し出しながら、レイニィに尋ねる。

 レイニィはちょっと驚いた。


(顔に出ていただろうか?)


 そして、少し考えてから、一人で悩んでいても解決しないと思い、スノウィに相談することにした。


「家族には内緒にして置いて欲しいのだけど、いいかしら?」


 五歳児にしては不釣り合いな喋り方に、スノウィは一瞬眉をひそめるが、すぐに普段どおりに頷いた。


「勿論、お嬢様が喋るなとおっしゃるなら、誰にも喋りません!」

「そう、ありがとう。実は、これをどうしようか悩んでいるの――」


 そう言って、封筒から便箋を取り出し、女神の加護が記された便箋の二枚目をスノウィに渡した。


 スノウィは、それを受け取り、見る前に確認する。


「ご家族にも見せていないのに、私が目を通してもよろしいのでしょうか?」

「スノウィ以外に見せられる人を思いつけないわ」


「分かりました。拝見させていただきます」


 気持ちを引き締めて、スノウィは便箋に目を落とす。


「これは!」


 スノウィは、思わず片手で口元を押さえてしまう。


「お嬢様、これは大変なことですよ!」

「そうでしょう。だからどうしようかと思って……」


「女神の加護が三つも授かるなんて、前代未聞ですよ!」

「え、そこ? 私が悩んでいるのは、その内容なんだけれど――」


「内容ですか? どれも素晴らしいものに思えますが――」

「私から見れば、どれも問題だらけよ。特に問題なのが、一番上の前世の記憶よ!」


「何が問題なのです? その大人びた喋り方も、その加護のおかげですか? もしかして、可愛げがない喋り方だと、心配しているのですか。大丈夫ですよ。寧ろ、小さい子供が、無理して背伸びしているように見えて、可愛らしいですよ」


「いや、そういうことを言いたいのではなくて、自分が今までの自分でなくなったというか、レイニィでなく、前世の自分になってしまったというか、もしこんなことが知られたら、家族から、家族と見られないのではないかと……」


「大丈夫ですよ。レイニィ様は、前世の記憶があったとしても、変わらずレイニィ様ですよ。ご家族もきっと気にしませんよ」


「そうかな?」

「そうですとも。心配要りませんよ」


 スノウィは、そっとレイニィを抱き寄せる。


「そんな事より、お嬢様の前世は異世界人なんですね。どういった経緯で、こちらの世界に来たのですか?」


 レイニィはこの際なので、転生するまでの経緯を詳しく説明した。


「そんなことがあるんですね! びっくりですけど、逆に、ジョブのことや加護の事など、それで納得です」


「という訳で、異世界の知識はあるけれど、この世界の常識は、ないのでよろしくね」

「わかりました。お任せください!」


「ありがとう。じゃあ、手始めに文字を教えてくれるかな。試練を達成するために調べものをしたいけど、文字が読めないと不便でならないわ。

 あれよね。全ての書物が神の文字で書かれている訳じゃないのよね?」


「神の文字で書かれているものは、神から授かったものだけですから滅多にありませんね。一般には共通文字が使われています」


「やっぱりそうなんだ。それで、共通文字はどんなもの?」

「少しお待ちください。文字を覚えるための教科書をお持ちしますね」


 スノウィは部屋を出ていった。


「はあー」

 レイニィは長く息を吐きだした。


 少なくとも、スノウィには拒否されなかったことに安堵したのだ。

 だが、まだ家族に話すだけの勇気は持てなかった。


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