第10話 セーブ機能をください ②




「いっ!だ!!」

「言い忘れてましたが無理に外そうとすると電流が流れますよ」

「……わざとだろ絶対わざと言わなかっただろ…」


 がくっとそのまま膝から崩れ落ちて、悔しさと切なさで拳を握る。


 私ってば実は……このペテン師に遊ばれているだけなんじゃなかろうか……。



「自力でハッピーエンドに行く前に、こいつにバッドエンドにされる気がする……」

「まっさかぁ!そんなことするわけないじゃないですかぁ!」



 男は手のひらを合わせて、ふわりと私の前に降り立つ。



「だって僕は、リアラちゃんのファンなんですよ?」

「……リリアン……」

「ハッ!リアラちゃん!僕の名前を……いっひゃい!!」



 近くにやっと来たそいつの顔を、思いっきり抓り上げてやる。許さない、現世も来世も絶対に許さない。



「末代まで呪ってやんだから!!!」

「いひゃいいひゃい!!……ああっ、なんて暴力的なんですか…!天使のような見た目が台無しですよ!?!せっかく可愛いのに!!これじゃあガキ大将じゃないですかぁ!!それに末代までってまずハッピーエンドを迎えてから言ってください!!」



 涙目になりながら私の手から逃れると、男は伸び切った頬を摩ってぶーぶーと言っていた。鬱陶しい。



「じゃあ僕は行きますよ!!セーブなんてもう出来ませんからね!?いいですか?緊急の時以外……」

「いやする。またする。絶対する」

「リアラちゃん~」


 ぐすっと涙目になるそいつに私は「いい?よく聞きなさい」と声を張った。



「本やブログは途中で読むことを中断できるように、アニメやドラマだって小休憩というCMが入る!どんなゲームでもセーブ地点ってのがあんのよ!!!元は私の書いた仮想空間うそにっきなんだから、そういうのを作ってくれてもいいでしょ!?」」

「横暴だなぁ。現実世界にセーブなんてありませんよ!」

「あなたがここは異世界だって言ったんでしょ?」

「うぐっ」


 そいつ……リリアンは痛いところを突かれたような顔をしながら狼狽えると、そのまま「はぁ~」と盛大に溜息を吐いた。



「わっかりましたよぉ……あなたがセーブと言ったら大負けに負けて!!!極々たまに!!こうしてセーブ地点を作ってあげますよ!!でも、あまりに回数重ねたら、その時点でバッドエンドにしちゃいますからね!?セーブっていうのは、ファイル数が決まってるものなんですから!」

「わ、わかったわよ…」


 気圧されながら頷く。い、勢いが凄い。人のことは言えないけれど。


「それからたまにというのも曖昧なんで、一応規則としてセーブをしたらそこから三日間は嫌でもセーブ出来ないというルールを課します!嘘の取り消しもなしですからね!」

「わかったって……ケチ」

「ん?何か言いました?」

「いいえ、何も。譲歩ありがとう!リリアンさんっ」

「おや!可愛いですね!やればできるじゃないですか!」


 両手を合わせてにっこり笑うと、リリアンは満足げに笑ってそのまま宙にまた身を翻した。


「それでは、時を動かしますよ」

「ちょっと待って!もしも完全に嘘をついたら、このブレスレットって……どうなんの?」


 電流が倍流れるとか……?


 そういうことなら、迂闊に変な事も言えないと言うか……。


「…………」

「ね、ねえ?」


 ゆっくりとこちらを見るリリアンを、不安な顔で見上げる。



「…………」

「な、何か言ってよ…」


 そんな私を無言のまま見下ろす彼は、暫し間を空けてから緩慢な動作で口元に人差し指を持っていく。そして、妙に色気を漂わせた顔で。



「どっかーん」


 そう一言告げて、いつものようににっこりと微笑んだ。



「え…どっか……?は?」

「それでは、頑張ってくださいね」


 何言っちゃってんの。ねえ、何言っちゃってんの!?


 瞬間、リリアンの指がパチンッと鳴る。


 待て、待ちやがれ……!


「こんのド畜生のドSペテン師があ!!」

「えっ……」

「え?」

「ど、ちくしょう?」


 振り返ると、色を取り戻した世界と、倒れ込んだままの大イケメンがいる。


 気づけば私はリリアンのいない桜の木に向かって大声で叫んでいたし、突然時間が動き出したのも相まって、一旦思考が停止した。


 え、やだ嘘。聞かれてたこれ?聞かれてたんじゃないのこれ!?


 暫し沈黙の時間が流れる。


 めちゃくちゃ怪しんだ顔しているんですけど。いや、そりゃそうだよな。


 彼からしたら自分の上に突然落ちてきた女が、急に誰もいない桜の木の向かって蟹股で叫び始めたら、そらそんな顔になるわ。ええ。私ならもはや目すら合わせないもの。ただの不審人物だもの。



「今、ド畜生って……」

「は、はー!?そ、そそんなお下品な言葉!どこのどなたがー!?」

「あんたがだけど……」

「わた、し?いや、私は……私はそんなお下品な言葉…つ、つかわないしぃ」



 リリアンみたいな口調になってしまう。今どきの女子高生ってどんな風に喋るのか全くわからないんだが。もう枯渇したコギャルみたいな喋り方しか出来ない自分が情けない。



「でも言ったよな。ド畜生って……」

「ど、どちんこう」

「……は?」

「そ、う…どちんこうと言ったのよ私……」


 きゃー!!何言ってんの私―!!!どちんこうって何―!!?


 口に出すのも憚れるような奇妙な言葉に、もう嘘と判別して電流流しておくれよ!!!と、縋る思いでブレスレットを見るけれど、うんともすんとも言わない。壊れてんじゃないの!?


「ど、ちんこう?」


 いっやああああ!!天下の大イケメンに何言わせちゃってんのー!!いやでもなんか急に卑猥な言葉に聞こえてきたんですけどー!やめてー!!


「わ、私の住む地域ではそれがあー…挨拶代わりなのよ!どちんこう!!ヘイヘイ!!どちんこう!!って言うの!そう!!」


 手を叩きながら、そのままヒッチハイカーのように上げる。彼と目を合わせると、物凄くドン引いた顔をされていた。心がひゅんとした。やだ泣きそう。


「ドSってのは……?」

「ど、どぇーす!!って知らないのぉ?ほら、よく語尾につけるじゃないの!どぇーすって、ほら!舞妓さんとかー!舞妓どぇーすって!!」

「い、言わないと思うけど……、つかまさか、どすえって言いたいの?」

「は……!」

「やばこいつ………」


 彼はすすす…と更に後退りながら立ち上がった。身体についた土や桜の花びらを払いながら、そのまま踵を返す。


 細身で長身。スタイルがよく綺麗な黒髪に、あの顔。間違いない。こいつはイッチーだ。


 私のブログに出てくるイケメン第一号。


「空から降ってくるし……マジでなんなの」

「あっ。そのことなんですけど…!」


 追いかけようとしたら、「ついてくんなよ」と不気味そうな顔で言われた。


 ピシ、と私の心の中で出来上がっていたイッチー像にヒビが入る。やだ、うそ……イッチーがとっても冷たいんだけど。


「い、イッチー…あの…」

「そのイッチーっての何?やめてほしいんだけど」

「え……」

「つか」


 イッチーはこちらを振り返る。黒髪美少年と舞い散る桜と、構図は死ぬほど最高なはずなのに。


「あんた、誰だよ」


 私の心は大荒れだった。






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29歳、乙女転生。~嘘をつきまくってたらJKとしてイケメンハーレムに飛ばされました。~ あしなが @AshinagaAo

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