第9話  セーブ機能をください ①






 異世界で


   すごいイケメン


        押し倒す

  

           桐島心




「って!バカかー己はー!!!!」

「!?」



 自分の頬をグーパンチで殴って、とんでもない心の一句を消し去った。


 何を言ってんだ、バカか私は本当に!!!


 目の前の状況を見ろ!!この幼気な……いや幼気ではないけど、高校生の男子つまり未成年を大人の私があられもなく押し倒しているというこの事実!!!!ただのHANZAI!!



「ごっ、ごごごごごめんなさいすみません!!!」



 慌てて身体を起こして、上から退ける。目の前の彼は困惑したような顔でこちらを見て、「お前……」と綺麗な色をした形のいい唇で呟いた。



 ………。


「だーから形のいい唇とか思ってんじゃねええ!!!」

「っ!?」



 いちいち外見を見て感想を述べてるんじゃないよ己は!捕まるぞ!!!


 再び頬を拳で殴った私に、彼はもはや怯えたような顔をしながら「だ、大丈夫か……?」と後ろに腰を引いていた。



「……うん、あ、あはっ!あははー!だい、大丈夫ですはい大丈夫ですぅ!」


 はっとして、慌てて髪の毛を撫でながら女の子らしい精一杯の声を出す。


 渾身のぶりっ子だ。どうだ!大丈夫か!?化けられてるか!?



「………」



 訝し気な顔でこちらを見ながら、その男の子は「お前……」と言葉を続けた。っていうかその表情、何。すんごく美麗でとっても可愛いい…んじゃないって、いい加減にしろ!



「今、どっから来たんだ?」

「………はぇ?」


 「と、言いますと?」と目を瞬かせると、彼は上を指差しさらにこう続ける。



「降って来たんだけど……?」

「……降って…って、まさか、あちらの方から?」



 同じように上を指差し、私はにこやかな表情のまま訊ねた。すると彼は頷きながら「空から降ってきたんだけど」と。



「セーブ」

「は?」

「セーブを所望します。どっかにいるんでしょう?帽子野郎。出て来いや」



 にこにこと顔に笑顔を張り付けたまま、訳の分からないことを口走る私に彼はますます困惑した表情になっていく。


 と、その時。そよそよと吹いていた風がぴたりとやんだ。


 色が抜き取られ、黒白になった世界で草も木も、目の前の彼でさえ動きを止めている。


 非現実的な世界感に私は思わず「ひっ」と喉を鳴らしそうになりながら、周りを見回した。


 すると予想通り、あのギャルような口調で誰かさんが話し出した。




「もー!!!なんですかぁ?今から新世界がはじまるーっていうのに、なぁんで止めるんですか!?プロローグの時点で物語を止めるって聞いたことありませんよぉ~!」

「出てきたなぁ!!?こんっの理不尽アホバカセンスクソエセ帽子!!!」

「……あの、ほぼ悪口なんですがそれは……?」



 彼と私が倒れ込んでいたすぐ近く、立派にそびえ立つ大きな桜の木の上だからこちらを悲しそうに見下ろす帽子屋がいた。



「それに僕の名前はリリアナ・アン……」

「うっさい早く降りてこい!!!!!」

「怖いなぁ……時々不良味が強過ぎですよあなた……ブログの中のリアラちゃんは天使のようだったのに……」



 よっ、と地面に降りたそいつの胸倉をがしっと掴み、私は制止を待たずして一気にまくし立てた。



「いっきなり落とすだなんて何考えてんのよ!?私高所恐怖症なの!!死んだと思ったでしょ!!?」

「えぇ~でも大丈夫だったでしょう?それにもう桐島心さんは死んでますよ!ここは異世界空間です!ここでのあなたは、リアラちゃんなんですよ?」

「そういう問題じゃないのよ!!!それにっ!!!!!」



 びしっと指差す先にいる男の子を指差し、「どうしてくれんのよこの状況!!」と大声でそれを続けた。



「空から降ってきたってどう言い訳すればいいの!?私はなんて答えるのが正解なのよ!まさか…空から舞い降りた天使ですぅキャハッ☆とでも答えろっての!?」

「リアラちゃんなら言いかねませんけど」

「冗っ談じゃない!あの頭のぶっとんだリアラをリアルに表現できるメンタルは生憎持ち合わせちゃいないのよ!!」

「リアラをリアルに……あはは!!なんだから語呂がいいですね!ラッパーでも目指します?ヘイYO!」

「ぶち燃やすわよ!!」



 「はあ~!」と頭を抱える私に、帽子屋は「あれ~?」と首を傾げながら顔を覗き込んでくる。



「なら嘘ついて、この場をしのげばいいのに。ほら、木から落ちた~とか、なんとか言って」

「………わざと言ってんの?」


 じろ、と睨みながら、私は小さく口を開いた。



「あんたがダメって言ったんでしょ。ここで〝嘘をつく〟のも。〝正体がバレる〟のも。だから呼んだのに……全然使えやしない」

「おや?ちゃんと覚えていたんですね」



 意外そうな声を出し、男は目を丸くする。



「………さっき言われたばっかりだからね、覚えてるに決まってんでしょ」



 少し間を空けた後、ふん、と顔を逸らしてそう答えれば男はクスクスと笑った。



「安心しました。あなたがルールを守る気持ちでいてくれて」



 くるりと後転をしながら、猫のようにしなやかな動きで宙に浮く。その綻んだ顔に、どこか腹が立った。


 横目で睨んでも、男は痛くも痒くもなさそうなのも余計に。



「まあそうですね。多少の誤魔化しは許可します。確かに〝バレないようにする〟というルールに、〝嘘をつかない〟というのは相反していますから」



 そして引き続きにこにこと笑いながら、男は帽子をかぶり直した。



「言葉なんて使いようです。つまり、嘘をついていなければいいんです」

「ペテン師……」

「僕の名前はリリアナ・アン・グリムですよ」



 そう言って、パチンッと男が指を鳴らすと私の右手首に華奢なブレスレットがつけられた。



「な、なにこれ……?」

「警告ブレスレットです。誤魔化しの度合いをそちらで計ります。多少のごまかしなら何も起きませんが、ギリギリの際は電流を走らせるようにしておきますね」

「電流……は!?!?電流!??」

「大丈夫ですよ、命に関わるほどではありませんから。って今は命ないんですけどねー!!」



 ケラケラと笑えない冗談を言って笑い、宙を舞っているそいつを今すぐに撃ち落としたい。なんてことだ。



「ふっざけんじゃないわよ!!こんなもの……っ!」

「あ、外せませんよそちら」



 ピンクゴールドのチェーンに、ところどころ宝石のようなものがついているそのブレスレット。こんな細っこいものが外せないだと…?そんな馬鹿な。



「だったら引きちぎれば……」



 瞬間、ビリッ!!!と右手首に電流が走った。





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