第8話 虚妄世界へようこそ







「なので僕から提案です」


 慌てて手を離しながら、距離を取ればそれを気にした様子もなく男はこう告げる。


「あなたのにっきを真実にしてみませんか?」


 ………………。


「は?」


「嘘を真にしてしまえば、今までのうそも全てなかったことにしてしまえますよ?あなたの願望も叶えて!命も救えて!万々歳じゃないですか!」

「なに、言ってんの……私を…バカにしてんの…?どこをどう見たら私が!リアラみたいな高校生に見えんのよ!?私は今日で二十八…いいえ!二十九歳なの!!!どうやってあの頭のネジがぶっとんだ嘘日記を、現実にしろっていうのよ!!?無理に決まってんでしょお!!?」

「できますよ」

「はああん!?」

「できますよ。僕の力なら」


 「だからそんな不良みたいな声出さないでくださいよぉ」と笑っている男を、顎をしゃくれさせながら睨んだ。


 なーに言ってんだこの男は。僕の、力なら?だとぉ?


「何よ、あんた…魔法使いなの?額に稲妻の傷でもあんの?丸眼鏡も片方足りないけど、蛇語でも喋れるんでしょうね?」

「いいえ。魔法使いではありませんが、人間のあなたからするとそう見えるかもしれませんね。ちなみに額に傷ってなんの話ですか?」

「……なんでもない」


 不思議そうな顔をしながら、男は「結論から言うと」と二重幅のある目が半円を描く。


 もともとの顔がニヤけ顔なんだろう。そのωみたいな口も見てると段々と腹が立ってくる。殴りたい。


「架空の異世界にっきせかいにあなたを飛ばします。そこで嘘を真実にしてもらいます」

「……」

「あなたへの罰則はこうです」


 男は手のひらの上にとある映像を出す。異常なほど綺麗な街並みを映し出したそれに、私は首を傾げた。


 ぱっと見、とても綺麗な街並みだ。現実世界のようでどこか現実離れしている、いうなれば漫画やアニメやゲームのように、綺麗に舗装されデザインされたような世界感だ。


「もしもこの世界で嘘を真実に出来ず、バッドエンドを迎えてしまった場合、ココから一生出られません。生涯ずっと、あなたの魂は現世へは還らず延々と同じ場所を彷徨うのです」

「え……」

「回避チャンスを与えた見返りとしてあなたは生まれ変わりがこれから一切できなくなる……まあ、それがいいと言う方もたまにはいますけどね。人によっては夢のような空間ですから」

「夢……」

「天国のようで地獄のような。地獄のようで天国のような。いわば紙一重の世界なのです」

「ちなみに私に選択肢は…?」

「まあ死ぬか、回避チャンスを貰うか、という二択しかありませんからね。せっかくだったらもう一度青春を味わってきたらいいと思いますよ」


 その言葉を聞きながら難しい顔をしていると、男はクスクスと笑って言葉を続けた。


「自ら蒔いた種です。自分がついた嘘が一体どれほどのものだったのか、反省してほしいという意味も込めて僕の場合は観察者を必ず転生させますがね」

「僕の場合は?」


 その言葉がひっかかったので首を傾げると、男は話を遮るように「さて」と手のひらに出した空間を消した。


「簡単なルールはこうです。一つ、この世界で、嘘をついてはいけない。二つ、自分の正体を明かしてはいけない。三つ、ハッピーエンドを迎えなくてはならない。期間は……そうですね。ちょうどブログを書いていた期間に合わせて一年間にしましょうか」

「ハッピーエンドって…一体、何が決め手でそうなるんですか?」

「そうですね。ブログの主旨である、運命のヒトを見つけたら、ということをハッピーエンドとしましょうか?サブタイトルにも書いてましたし」

「は……?ちょ、バカ言わないでください!その流れだと相手は高校生に……」


 何度も言うように、私はもう二十九歳になったんだ!そんな犯罪まがいなことなんて出来るわけが……!


「あなたも高校生ですよ?」

「えっ……?」


 指を差されて、私は遅れて自分の身体に目を向けた。


 すると、肌の表面が気味の悪い動きをしながら段々細くなっていく。


 肌もいつの間にかハリを取り戻し、色も艶々になっていた。ガキ、ゴキッと物凄い音を立てながら骨格までも変わっていく。


 痛みは全くないけど恐ろしいくらい違和感がある。き、きもちわる!


 いつの間にか手足もモデルのようにすらっと長くなり、なんなら髪まで伸びて色素まで落ちていく。


 なっ、ななな!!!


「なんじゃこりゃあああ!!!?」


 どこの変身アニメなんだよこれは!!!?


 ここまで大人になってまさか自分が幼女向けアニメのヒロインと同じような展開を味わうとは思ってもみなかった。


 いささか不気味な体型チェンジだったけれど。


「まあまあ、いくら免疫がなくても学生恋愛ならあなたも〝多少は〟対応できるのではないですか?」


 は、と軽く鼻で笑われた気がして、一瞬固まる。え、なんだ今、バカにされた?


 私は鎖骨あたりから腰辺りまで急に伸びた髪を握り締めながら、私はそいつをわなわなと睨みつけた。


「………ば、バカにしてる……?」

「いいえ。いくつになっても純粋無垢な女性は可愛いと思いますよ」

「バカにしてる!!!」

「ともあれ、あなたが知りたがってた胸キュンや青春がもう一度経験出来るんですよ?もしも上手くハッピーエンドに持ち込んで現実世界に帰れたら、お仕事にも活かせると思いますし」


 クスクスと笑う男がぱちんっと指を鳴らすと、私の足元が一気に明るく開ける。


 まるで空の上の様にも見える。そう。空の……う……え?


「あなたが現実世界で死ぬ道を選ぶにせよ、どうせならこの機会を活かして、本当の自分を見つけてみたらいかがですか」

「え、ちょ……あの……私、高所、恐怖……あの……」


「本当の胸キュンってやつ、ぜひ味わってきてください」


パチンッ、と再び指を叩かれる。瞬間、がくりと膝から下に落ちた。




 たんじょうび


     この世の全てに


          さようなら


              桐島心



 死に際の心の一句が出来た。名前が心だけにね。


 って、


「イィイイギャァァアアア!!!!??」


 なんも面白くねえ!!


 ああもうだめだ、死ぬ。



「ギィャァァアアアアアアア!!!!??」

「悲鳴ももっと可愛い方がモテますよー!!」


 地上に向かって猛スピードで落ちていく私に呑気に上から声をかけているあの帽子屋に、心底腹が立った。


 もしも私が生き延びて、もう一度あの男に会えたなら、あの帽子がぺちゃんこになるくらい思いっきり殴り散らかしてぼっこぼこにしてやる!!!


 覚えとけよマジで!!!!!!



 と叫びたかったが、私の口からは馬鹿の一つ覚えみたいに「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!???」という醜い叫び声しか出てこなかった。






 ぼふっと雲の中に身体が突入し、まるで糸のような水蒸気が顔にへばりつき、息苦しさを覚えたその瞬間、意識がプツリと途切れてしまった。




























「………なあ、おい!」


 ……えっ?


「お前、大丈夫か?」


 薄っすらと目を開けると、私は誰かを下敷きにしたまま横になっていた。


 現実世界にしては心地の良過ぎるそよ風が私の色素の薄い長い髪の毛を揺らしている。


 うわ、待て。待て待て待て……まさか私……本当に。


 恐る恐る身体を起こして、その相手を見る。


 さらさらと綺麗な黒髪と、形のいい眉に男の子にしては大きい目。


 高く細い鼻に、無駄のない整った美顔。


 私好みの、大イケメンがそこにいた。


 というか下敷きにしていた。


 退かなくては…!とは心ではわかってはいるのに、脳が追いつかない。


 まさかとは思うが、さっそく出会ってしまったのか。


 イケメン、第一号に。


 しかもこの見た目、特徴……、


 もしや………、



「イッチー……?」

「は……?」



「在校生のみなさーん!!始業式が始まりますよ~!」



 遠くから聞こえる大人の声に、私はブログの最初を思い返していた。


 あのブログは、ご親切なことに高校二年生の春。


 始業式から始まるのだ。


 どうしよう私……本当に転生しちゃった……。


 虚妄日記ゆめゆめにっきの世界へ。







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