第7話 ブログひとつで命が危ういんですが



「あなたのことは以前から要注意人物として名前が挙がっていました……そこで僕が指名されて下界に様子を見に来た際にあのブログに出会い!一番のファンになったのです!でも残念なことに今回、人間としてついていい嘘の基準値を超えてしまったので、≪人類真偽管理局≫の命により、あなたに罰則という名の死を与えに来た、というのが今回の流れです」


 「ああ嘆かわしいったら嘆かわしい!!」と、およよよよと泣き真似をしながらそこに倒れ込むそいつに私は顔をひきつらせたまま「でも!」と反論した。


「私は故意に嘘をついていません!たがたがブログの読者を騙しただけで、基準値を超えたなんてそんなのあり得ない!!人生100年って言われる時代に!一生分の嘘なんて寧ろどうやってつけるんですか!?」


 一生分の嘘なんて相当だ。普通に生きていたらつきようにもつけないはずだ。


「嘘というものは、相手がどう捉えたかというよりも、触れられてしまった時点でカウントされてしまうんです。誰かから聞いた話をまた誰かに伝える。それが嘘か真かをわざわざ調べずそのまま伝えてしまう人々はごまんといます」

「そ、れは…」

「伝言ゲームとはなかなか上手くいかないものですが、尾ひれをつけて相手に伝わるのはあっという間です。あなたが直接的に触れてなくても、あなたの発信が世界中を行き交うことなんて容易いことなんです。インターネットを舐めてはいけませんよ?」


 その宝石のような緑色の眼がぎらりと光ったような気がした。私は喉奥でひっと悲鳴を上げそうになりながら「つ、つまり」と咳払いをした。


「聞かれたり見られたりしただけで、カウントされると……?」


 「そういうことになりますかね」と男はまたにっこりと笑って身体を浮かすと、帽子を深く被り直し自分の身体を抱きしめていた。ちょこちょこ動作が気持ち悪い男だ。



「ああ、SNSって恐ろしいですね。あなたのはあなたの把握しえないところで重なっていたということですね。ダジャレみたいになりましたが実に嘆かわしい話です……」

「………」


 この話の流れ……要約してしまえば。


「私、死ぬんですか……」

「まあ、そうですね。否定はしません」


 病気でもなく寿命でもなく、嘘のつき過ぎで死ぬ……?そんなの聞いたこともない。どんなファンタジーだよ。いやもうこの空間も、この男も、見るからにファンタジーなんだけど。


 ああ、もうどうしよう。だって私、今ここで死んだら、言い残したこととか、やり残したことと……か。


 ………。


 あれ?



「なんにも、ない……」

「え?」

「私、やり残したこと何もない」


 別にあれがしたいとか、これがしたいとか。特にない。だって私は、何にも持ってないから。

 死ぬ間際になって、自分がいかに何も持たない人間であったかを思い知る。え。なにこれ。すごく惨め。


 仕事も、恋人も、友達も、何一つ、思い返すものが何一つない、だなんて。


 あー………はは。


「もう、いいです。嘘つきの罪でも、なんでもいいです。どうせ、生きててもしょうがないって今気づきました。私には、なんにもない。さっさと地獄でもどこでも連れてってください」

「はいうそー!!」


 思いっきり額を小突かれた。凄く痛い。何いきなり。は?はぁ?

 目をぱちくりとさせながら顔を上げると、男は呆れたように首を振っていた。


「本当に嘘つきですね!あなたは!」

「っはぁ?」

「そうやって人生ずぅーっと自分を偽って生きてきたんじゃないですか?」

「そ、そんなこと」

「我慢が美徳!見栄を張る事が格好いい!とでも思っているんですか?とんだお間抜けさんですねえ?」


 ぎくっと肩を揺らしている私に、男は指を立てて強い口調で「いいですか?」ゆっくりと続けた。


「仕事だって実力を認められたいし、友達だって欲しいでしょう?恋人だって、あなた。本当はめちゃくちゃ欲しがってるじゃないですか!!あなたの恋愛願望はブログでたくさん読ませてもらいました!!」

「だから、あれは嘘で……」

「本当に?本当ですか?柄でもない人間が思ってもないことをあんなにつらつらと書けるもんなんですかねぇ?」

「………」


 思わず押し黙ってしまう。だってちょっと、痛いところを突かれてしまった。


「言いましたでしょう?僕はリアラちゃんのファンなんです。面白い嘘をつく観察対象として、もうずっと昔から一読者なんですよ!言わば古参ファン!」

「……でも、だから何?私死ぬんでしょう?もしも私がやり残したことがあるとしても、もう死んじゃうんでしょう!?」

「ええ、このままでは。そうですね。……でも、回避することもできますよ?」

「は……?回避…?」

「僕はあなたの一番のファンとして、その回避チャンスを与えに来たんです」

「は、はぁ? うわぁ!」


 にっこりと笑って、男は指ですいっと空気を切った。途端、私の身体が勝手に立ち上がり、前に転びそうになった。それを手を取るように支えられて、咄嗟に見上げると嫌でも近い距離で微笑まれる。


「嘘をつき過ぎた人間は本来、地獄へ落ちてしかるべきなのですが……僕としてはリアラちゃんに大変楽しませていただいた恩があります」


 人形のように整った顔がこんなに近くにあることが、ますます非現実的な状況下に自分が置かれているようにも感じた。


「嘘だろうと本当だろうと、楽しませていた事実にはかわりません」

「っ」


 どんなに珍妙な変人であっても異性に対して免疫のない私にはその距離感でさえ毒だ。


 ぎゃー!!!やめろー!!!離れてくれー!!!!っと心の中の小さな私が、暴れ回っていた。






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