第6話 因果応報ってやつですか





「な、なんで私の名前……」

「ふふふ、僕はなんでも知っていますよ?あなたの名前、年齢、誕生日、血液型、出生地、家族構成、学歴にお仕事に、とにかくなーんでも知っています」



 彼は黒い手袋のついた両手の平をひらひらと揺らして、片眼鏡の奥で細めていた目を軽く開いた。宝石のように美しく光る緑色の目に背筋が少しぞっとした。


「もちろん、〝趣味〟についても」

「え……」

「だって僕はリアラちゃんの一番のファンですから!」

「………は?」



 固まった私に、彼はまたくるくると回りながら空間の中を自由自在に飛び回り始める。



「いやー!!今どきあんなに頭のおかし……いや!吹っ切れたブログを書ける人なんていませんよ!!SNSもたっくさんある昨今でブログをチョイスってのもまた渋いんですが、ストーリー仕立ての日記としてはとても見やすいと言うか、僕はとっても好きですね!」

「え、ちょ……」

「それにあなたって現実では恋愛にはまるで興味ないって顔しながら、本当は恋愛願望もものすんごい強いうえに、ストレス発散と称して夢見がちというか自分の中での憧れの女子高生って設定をノリノリで書いてるのもまた素直じゃなくて可愛いですし、次から次へ出るイケメンも結局あなたの理想の男性キャラっていうか、悩める女性の心の葛藤というか性癖というものを一生懸命に書いている姿を想像したら僕はもう続きの展開が気になって気になって仕方なくって!毎回一番乗りでコメント書いちゃってましたよー!!」



 ベラベラと口の止まらないそいつに私の思考は止まりかける。つか一言がなげえ!


 って。その前に、な、



「なな、なんで知っ…………」

「え?なんでって?だから僕はなんでも知ってるんですって~!言わせないで下さいよ~!僕はあなたの一番の……」

「ちょっと待って!?ま、まさかアンタ……」


 コメント001を陣取る……。



「りりあん……さん?」

「え!?やっだー!!覚えてくれてたんですか!?!?超絶嬉しいんですけどー!!」


 急にギャルみたいな口調で話し出すそいつに、本気で頭を抱える。待って、いろいろマジで追いつかないんだけど。


 なんでこんなところに私のブログの読者がいて…私の考えていることや私自身のことがこんなにも筒抜けなんだ。



「………あっ、そうか」

「ん~~?」

「夢だからか!」

「んん~~~??」



 なら仕方ない。私のことが筒抜けでも、私の趣味の事がバレていても。それにきっと帰り道にあの交差点で変な恰好の人を見たから夢にまで出たんだ……。


 ああ、夜寝る前にブログなんて書くもんじゃないな。自分の読者をこんな変人に当てはめてしまって……。



「りりあんさんに失礼なことしちゃった……こんな気味の悪い人があの律儀なりりあんさんなわけ……」

「あのぉ、言っておきますけど。今目の前で起きていることは夢のようで夢ではないですからね」

「え?」

「いわばここは生死の境。あなた、命がかなりヤバいこと、気づいてます??」

「は……?」


 さっきからギャル口調が抜けていない男に私は一度固まる。


 気づいてます?って、まあさっきから「え?」か「は?」しか言っていないことには気づいてるけど。


 いやあの、待ってください。


「生死の境って……どういうこと!?ここは私の夢じゃないの!?!?」

「さっきも言いましたが、夢のようで夢じゃないんです。わかりやすく言うと、現実にリンクしているんですよ」

「いや意味わかんないから!?てかさっきからあんたは何者なのよ!?」

「え?だから僕はあなたの一番のファ……」

「それはもういいから!!!」


 怒ったように告げれば男はふふふとまた口元で半円を描いて、軽く帽子を被り直した。


「僕は、人類真偽管理局ライアーマネジメントビューローのリリアナ・アン・グリムと言います。生物心理真意鑑定部からあなたに罰則の命が下っていることを通達しに来ました」

「ら、らいあー…まねじ……?は?」


 何を言ってるんだ。この男。まるで呪文にしか聞こえないようなことを急に言い出して……さっきからずっと私の頭には疑問符しかない。


 口を開いたまま思考停止しているアホ面の私を男は暫く笑顔で眺めた後、「いいですかー?」と急に教師のような口調で話し出した。




「人間には、ついていい嘘の容量が決まっていることをご存じですか?」

「嘘の、容量?」

「はい。嘘というものは時には誰かを守り、時には誰かを貶める。その具合はまるで様々の様に見えて、常に一定です。嘘をつき自分を偽ったら偽った分だけ、後々に自分自身に跳ね返ってくる、というものです」

「……」

「ことわざにもよくあるでしょう?善因善果、悪因悪果。善い行いをしたら、いいことがあるものですし。悪い行いすれば、それ相応の返り討ちにあう…これすなわち因果応報ってやつです」


 にこにこと笑顔を保ちながらも、言っていることはなかなか物騒で私は思わず目を逸らした。


「僕の働いている人類真偽管理局ではそういった人間の善悪の管理をしています。嘘の一定値を超えると警告が出て、現実世界での危険分子として判断されてしまいますのでこの世からの除外……わかりやすく言うと、今までの嘘を死で償ってもらうということになります」

「そ、それが……私となんの関係が……」

「リアラちゃんのブログですよ!」


 「なーに言ってるんですかぁ!」とまた急にギャルみたいな口調で私の眼前に指を立てる。


 目をぱちぱちと瞬かせると、男は「ふふふふ」と笑いながら両手を広げた。


「あなたのブログは実に面白い!!何から何まで嘘で塗り固められたあのブログ!なんの実りもないけど見ているだけでとても楽しい気持ちにさせてもらいました!何よりも、〝命を削ってまで〟あのブログを書き上げていることに僕はとても感銘を受けたというものです!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!!あのブログは…う、嘘というか、小説……そう!!小説みたいなもので、別に嘘をついてるつもりじゃ……っ」

「でも事実として書いて、騙していましたよね?」


 さっきまでにこにこと笑っていた目を丸く開き、再び私の眼前まで顔を近づけてくる。とても怖い……凄い圧を感じながら、腰をじりじりと後ろに引く。


 後ろを見れば、どこまでも真っ黒な空間が広がっていた。逃げたところで出口なんてどこにもないのだろう。



「あなたのブログは一見アンチも多いようでしたが、ちゃんと信じてくださる方もいたはずです。身に覚えあるでしょう?」

「……」

「あなたのブログはとても人気でした。ランキングも常に一位。それ故、目に通した人が多い分、あなたの罪はどんどん重なり嘘の一定基準値を超えてしまったのです」


 細長い体躯を曲げて、男は私を見下ろしたまま。こちらがどんなに怯えた表情をしていようとお構いなしだった。




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