タチ、買います
第1話 更なる研究
「知らんな」
「『統制者』であるお前が、知らんだと?」
『銀の短剣』には今日も不穏な空気が流れている。『兄』二人が顔を会わせるといつもこうだ。ただ、今日は先日のことが発端なので、余計に熱を帯びている。
「あ、でも、わたしもこのナイフについては、対峙するまでは気づきませんでしたよ、クラウスさん」
「……シホ様がそう仰有るのであれば……」
「確かにこれは百魔剣だが……」
三人はいま、店先の商談用テーブルに向かい合っている。中央に置かれた大振りなナイフは先日、シホが奇妙な体験をした際に、その犯人が所持していたものだ。もうひとりの『兄』リディア・クレイがそのナイフに手を伸ばす。白く細い指先は、まるで女性のように透き通った美しさがある。
「これにはなぜか『統制者』が反応しない。 いまも、な」
「どういうことだ」
「それはおれが訊きたい」
リディアは長い黒髪に、ナイフから引いた手を櫛として通した。整った顔立ちは中性的で、唯一男性と言いきることができる鋭い目を、いまはさらに鋭くしていた。
「百魔剣にも、幾つか失われたものがある、と言うからねえ。これはもしかしたら、そのひと振りなのかもねえ」
三人が言葉を次げずにいると、店の奥から『母』が現れ、そう言葉を引き取った。フィッフスの手には四人分の茶器を乗せた盆が握られていて、それに気付いたシホは、飛び付くようにフィッフスの手伝いをする。
「悪いねえ、シホ」
「いいえ。それより、失われたものって……?」
「百本全て、確認はされてない、ってことさ。作った時に百本あったことは確からしいけどね」
まだまだ研究の余地が多い百魔剣の伝説には、不確定なことが多い。このナイフのように、正体不明の百魔剣も、まだ何本もあるかもしれない、ということか。シホは理解しながら、盆をテーブルに置いた。
「ならば問題は、この魔剣がなぜこの大陸にあったか、だが」
「そんなこと、考えたってすぐにはわからないよ」
リディアに対し、あっけらかんと言ったフィッフスは、豪快に笑いながらお茶を淹れる。
「だから、 あたしたちが研究するのさ。この大陸の魔法も興味深いし、あたしらの百魔剣まで出てきたとなると、もっと研究のしがいがあるね!」
「あ、わたしもお手伝いします!」
シホはフィッフスが淹れてくれたお茶に手を伸ばしながら、もう片方の手を、真っ直ぐ頭上に上げて、手伝いたい意思を主張した。 周りに視線をやると、リディアもクラウスも小さくだが頷いている。
「まあまあ、気負っても仕方ないさ。今まで通り、店をやりながら、やっていくとしよう」
「……ところでシホ様」
妙に改まった声は、クラウスのものだった。クラウスは閉ざされた双眸を向けるように顔を動かして、自身の腰辺りに向けた。
「このタチという剣についてですが、お願いしたいことがありまして」
「はい。なんでしょう」
「あのチーズタルト商人から、買い取っていただけませんか。そして可能であれば……」
「クラウスさんが使いたい。そう仰有るのですか?」
シホは複雑ながら、それを了解した。盲目というクラウスの現状を考えれば、荒事の前面に立つようなことはさせたくない。だが、このタチという剣に救われたことも事実ではある。それに、それこそフィッフスのいう研究には、必要なもののようにも思えた。
「荒事は避けると約束してくださるなら」
「心得ております」
シホは微笑み、それを待っていたかのように四人が同時にお茶に口を付けた。
今日のお茶はダージリンのストレート。焼き菓子でもあれば、美味しいお茶会ができそうな香りだった。
ー移民街区怪異譚ー END
お借りしたキャラの出典:
『anithing+ /双子は推理する』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882269234
『nothing-』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885222204
作者様: 淡島かりす 様
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます