趣味が悪い
第1話 人ならざるものたちの会話
『あれはどういうことだ、リン』
『どう、とは』
『移民街区』の骨董屋で、 ちょっとした騒ぎがあった数日後。同じフィン国中央区のある一軒家の中で、その会話は始まった。第三者目には獣と人間が、誰にもわからない言葉で何か唸り合っているように見えるだろう。だが、これは歴とした同じ生き物の会話である。白い毛並みを持つ大きな犬の姿をしたイーティラ・ナ・ソルは、青髪紅瞳の中年男性の、質問に質問を返す態度にも負けず、さらに問い返した。
『あの骨董屋のことだ。時間やら何やらいろいろ歪めて、わたしにあの『聖女』の護衛までさせて、貴様は何を確認したかったんだ?』
『確認? 何のことだ』
『事を始める前に貴様が言ったのだろう。試してみたいことがある、と』
ああ、と男は素っ気ない態度を崩すことなく、読みさしの新聞を、向かっていたテーブルに畳んで置いた。折られた新聞の紙面には、偶々なのか男の意図なのか、あの騒動に関することが書かれていた。勿論、直接的にあの骨董屋の面々の事が書かれているわけではない。過去の未解決連続殺人事件に、新たな発見が添えられた、という内容だった。曰く、ある研究者が、存在したとされる生存者は金髪の少女であり、それを目撃したのは、当時の倉庫作業員であったとする資料を見つけた。しかし、金髪の少女の身元は、相変わらず不明とのこと。
『確かに幾つかあった。どれから聞きたい?』
『幾つもあったのか。あの骨董屋も難儀だな』
『ソル。貴様、あの騎士について、何か思ったか?』
気になっていた存在に言及したので、ソルはすぐさま応えた。
『あの騎士よ。そうだ。あの騎士は、なんだ。特異体質か?』
『ある仮説を立ててみた。あの男は過去、自身が生まれた大陸で、魔法の遺物に精神を乗っ取られている』
『精神を? ならあれは、生まれたままの存在ではない、ということか?』
『いや、その後にあの男は、自我を取り戻している』
『……そんなことが可能なのか? 相手は魔法だぞ?』
『だからだ。あの騎士は魔法遺物に乗っ取られた、と思っているが、実際には乗っ取らせたのではないか、とな』
その二つは、大きな違いだった。どれ程の違いかといえば、人間からすれば魔法という絶対的な力を相手にした場合、前者はあり得るが、後者はあり得ない。そういう違いだ。
『それであの騎士の本当の力を見てみたくなった』
『だから、先んじてあの太刀を渡して置いて、わたしには『聖女』をあの男のところまで導かせたわけか。あの太刀は次元斬一刀流開祖の太刀であろう?』
『ああ、確か『
百数十年分の『壁』を切り裂き、殺人犯まで斬って、あの『聖女』を救ってみせた力は、間違いなく本物だった。あれほど一瞬で魔法と共感し共鳴する人間を、ソルは見たことがない。
『では、あの殺人犯はなんだ。完全に操られていたぞ』
『ああ、あれは魔剣に飲まれたのだ。斬られた後に肉体が消滅しただろう? この大陸ではない、あの骨董屋の面々が来た大陸の魔剣の特徴だ』
『……なぜそんなものが……まさか』
『手に入ったので、置いてみた。あの騎士と聖女に当たったので、想像以上に効果的だったな』
それでは連続殺人事件も起こるというもの。なぜそんな酷いことをするのか、という問いは、この男には通じない。そうしてみたかったから、そうしたのだろう。
『さて、わたしは出てくるが、他に聞きたいことがあれば、まとめておけ』
『……なんだ、その菓子は』
青髪紅瞳の男が、それまでソルと話していたのとは違う気配を被る。人間の商人としての顔で、手には小箱を抱えていた。そこから漂う香りから、何らかの焼き菓子であることがソルにはわかった。
『手土産だ。あの聖女は意外と食いしん坊でな』
そう言って、男は小箱をソルに見せた。どんな焼き菓子かはわからないが、その小箱の表面には、人間の言葉で『ザ・リッパー』と菓子の名前が書いてある。
『……趣味が悪いな』
『まだまだ興味深い連中なのでな。これからも末永く、というやつだ』
椅子から立ち上がったホースル・セルバドスは、どう表現しても胡散臭い笑顔を見せた。
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