次元斬一刀必殺
第1話 あり得ない代物
錯覚ではない。クラウスは閉ざされた
その獣の気配が、こちらに向いた。
『斬れ、騎士よ』
獣が話し掛けてくる。人の言葉だが、クラウスの聞いたことのない言葉だった。だが、なぜか、その意味はわかった。音として聞こえている以上に、ひとつの観念として、獣の声はクラウスの耳朶を打ち、頭の中に響き渡る。
『あの胡散臭いのが渡したその剣ならば、斬ることができるはずだ。一刀必殺』
懐かしい呼び名で呼ばれた。遠い彼方の大陸で呼ばれていた異名を、クラウスは噛み締めながら膝を曲げ、腰を落とした。
白い獣の気配の、ある一点だけが強く感じられるようになる。明らかに意図的に、獣がそこを示している。ここを斬れ、と言っている。
クラウスは片足を引き、右手の中にあるタチの柄をより強く握り締めた。はっきりと、クラウスはタチから流れ込む力……魔剣としての魔力を感じた。
『いまだ、斬れ!』
クラウスは獣の声に導かれるように脚を踏み出した。圧縮したバネのように貯めた力を解放した身体が、常人を優に越える素早さを生み出し、その速さに裏打ちされたタチの抜き打ちは、クラウス自身が知っている自分の剣の中で、最も速い一刀となった。
固い、石のような何かを斬った感触があり、次いで甲高い音で斬った何かが砕け散る音が聞こえた。同時にシホの輝きが突然近くに感じられるようになる。
まだだ。誰に言われたわけでもなく、クラウスはそれを察した。振り抜いたタチの刃を返し、それを引き付けるように再度、タチを打ち抜いた。
その刃に、禍々しい気配が絡み付き、確かな手応えが返る。紛れもなく、人を斬った感触だった。だが、この気配の禍々しさには、覚えがあった。これは……本当に人だったのか。それとも……
「クラウスさん!」
すぐ間近で、シホの声がした。我に返ったクラウスに、シホの小さな身体が抱き付いて来る。
「よかった、ここ、移民街区ですよね! よかった、よかった……」
「……シホ様、いったい……」
クラウスは泣き出してしまうシホを宥めながら、周囲の気配を探った。不思議なことに、あの白い獣の気配はどこにもなく、ただ、あの禍々しい気配の
シホを伴ったまま、クラウスはその気配の側に歩み寄る。それは路地に落ちていた。
「……ばかな」
「やっぱり、クラウスさんも思いましたか」
涙を拭いながら、シホが言う。
「このナイフ、やっぱり……」
間違いようがなかった。クラウスはこれと同じものに一度、自我を乗っ取られている。
「魔剣です。……百魔剣」
「なんでフィン国に百魔剣が……」
シホの言葉に返す答えを、勿論クラウスは持ち合わせていなかった。
『銀の短剣』の勝手口に姿を現したフィッフスがシホの名を呼び、シホがフィッフスに抱き付いて行く。その気配を『見守り』ながら、クラウスは手にしたタチを鞘に納めた。
「……どういうことだ、死神」
クラウスが知る限り、理由を知っていそうな男に向けた呟きは、タチが納められた鞘鳴りの音に掻き消された。
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