新兵器

 

 ・天文八年(1539年) 四月  近江国坂田郡 国友村  六角定頼



 足利義維の要請により、左馬頭の返上と引き換えに三好虎長を返還した。これで応仁の乱から続く足利家の内紛は終結したと考えていいだろう。朝廷も大乱の種が減ったことを喜び、義維の英断を称して左馬頭に代わって正四位上権中納言の官位を贈った。


 一方の義晴は俺に何ら報いるところが無く、世上では敗れた足利義維の方が名君として名を上げるという皮肉な結果となっている。近衛稙家や伴庄衛門を通じて此度の沙汰は六角定頼自身の望んだ結果だと吹聴して回っているが、どうしても敗者が名を上げるという事が面白おかしく語られ、反動で義晴の評判が下がってしまっている。良くない傾向だよ……。


 そのせいか、内談衆からは鞍覆いについて『緋毛氈も苦しからず』と通達してきた。緋毛氈の鞍覆いは足利将軍家専用の鞍覆いで、通常守護家は黒毛氈の鞍覆いを使う。

 恐らく世上の噂が義晴の耳に入ったんだろうな。相伴衆だ何だといった格式は俺が受け取らないから、せめて将軍家と同じ鞍覆いを使わせることで六角家は足利家にとって特別な家であると示したかったんだろう。


 その為、近頃では俺の愛馬『新山号』の鞍は赤色になった。それで義晴の気が収まるなら何でもいいや。



 それはそれとして、六角家としては新たに得た南山城と大和の支配体制を構築し始めた。

 南山城は多賀貞隆を、大和は目賀田綱清を代官に配し、在地の国人層を配下に起用させている。二人とも浅見貞則と共に郡奉行と検地を担当させていた筋金入りの農政家だから、新たな農法の伝播や農地編成によって農業生産力を底上げしてくれるだろう。

 検地だなんだといった行政改革はそれからだな。


 一方で南軍は男山城を本拠地とし、信貴山城に分遣隊を置く形になった。磯野員宗の一番組を中心に分遣隊を組織しているが、新規雇用の旗本衆を訓練していずれは磯野を軍奉行に昇格させ、大和軍を創設していくことになるだろう。


 大和軍の主な任務は、当然ながら河内の遊佐長教に備えることだ。

 今のところ畿内では平穏が保てるようになったが、いずれは遊佐長教が何らかの動きを示すはずだ。御相伴衆に任じられて幕府第一等の守護の格式を得たと思ったら、俺は足利将軍家と同格の格式を与えられてしまったんだからな。


 一度会って確信したが、遊佐長教は大人しく誰かの下に付いていられる男じゃない。まさに『乱世の梟雄』と呼ぶにふさわしいタヌキ親父だ。厄介なことは、遊佐は用心深く慎重に自分が上に登れる機会を待つ忍耐強さを持っているところだ。両細川の乱、堺幕府の台頭、尼子上洛戦など様々に揺れる機内情勢の中を潜り抜け、不利な側に立った時も辛抱強く時節を待ちながら自分の勢力が最も高く売れる時を狙いすまして売りつけるしたたかさを持っている。

 今は大人しくしているが、遊佐自身が動くときは俺に勝てる見込みが立った時ということだろう。


 軍事力の強化には軍団編成ももちろん重要だが、兵器開発も重要だ。特に遊佐の抑える堺周辺は鉄砲伝来後に日本最大級の鉄砲産地になる場所だ。このままでは鉄砲隊の運用において遊佐長教が全国に一歩先んじることになる。


 という訳で、今日は鉄砲開発の状況を視察に来た。



「これが最新の試作筒です。やはり銅を鋳物にした青銅筒は筒そのものの耐久度が足りません。どうしても鍛造で作らざるを得ません」


 国友の鍛冶師善兵衛から鉄パイプを受け取り、内外を仔細に点検する。パイプと言っても実際には厚ぼったい鉄の塊のようなもので、持つ手にはズシリと重みが掛かる。

 黒鉄の銃身は光沢が無くザラザラとした質感だが、パイプの内側は磨かれて鈍い光沢を放っている。一見すると十分な出来に見えるんだがなぁ……。


「この筒でもやはり駄目か?」

「はい。何度か試したのですが、弾を撃ち出す方と反対側の尾穴を木栓で塞いでおりますが、そこの部分がすぐに駄目になります。鉄栓でも接着用のニカワがすぐに駄目になります。木栓では話にならんのですが、どうやれば鉄の栓を密着させられるのか……。

 時間も銭も頂いておきながら不甲斐ない状態で申し訳ありません」


「何、見たことも無い物を作ろうというのだ。そう簡単に上手く行くとは最初から思っておらん。気にするな」


 そう言って善兵衛を慰めながら木栓を確認する。三発ほど試射をした後の木栓は真っ黒に焼け焦げて炭化し、触るとボロボロになって崩れる。この部分が原因だな。


 ……待てよ。そういや、実際の火縄銃はここをネジで止めてたんじゃなかったか? 昔国友鉄砲資料館に行った時、確かやたらと尾栓ネジの展示が多かった気がする。


「ここの栓だが、ネジは試してみたか?」

「……ねじ?」


 善兵衛だけでなく周囲の者が全員ざわつく。周囲には国友の鍛冶数名の他、進藤貞治、伴庄衛門、布施源左衛門らが居並んでいるが、誰も彼もが不審そうな顔をして頭を捻っている。

 何か変なこと言ったかな?


「あの、ネジとは一体どういったもので?」

「ちょっとそれ、貸してくれ」


 善兵衛から栓用の木片を受け取ると、小刀で螺旋状に溝を切って行く。溝を根本まで切ったら戦端を尖らせる。

 ふと辺りを見回せば、軒先に漬物にするための大根が干してあった。

 大根を一本貰って切断面に木製のネジを回して埋め込んでいく。


「持って見ろ」


 木ネジの部分を善兵衛に渡すと、大根も一緒に宙に浮かぶ。ネジによって大根の果肉と木ネジが密着し、大根を持たずとも落ちないような仕組みになっている。


「ほう! 螺旋に切った溝が食い込んでしっかりと密着していますな。なるほど。鉄でこれを作れば、鉄砲筒の尾栓をしっかりと密閉できそうです」

「問題は解決できそうか?」

「ええ、これならば! ……しかし、六角様は何故このような物をご存知で?」

「ん?ネジを見たことが無いのか?」


 全員がキョトンとした顔をしている。


 ……あ。そうか、この時代の日本には『ネジ』という概念そのものがないのか。そういえば昔の建築物はネジを使わずに釘と木材の組み合わせだけで建ててあると聞く。どうやらネジという機構は鉄砲と共に日本に伝わったっぽいな。


 だとすると不味いな。何で俺がそんなものを知っているのか疑問に思われるのも当然だ。

 何か適当な言い訳は……。


「な、なに、昔相国寺で修業をしていた折、天竺から伝来したと伝わる書物に『ネジ』というからくりを紹介した書物があったのを思い出してな」

「ほう!とするとこれは天竺渡りの技でございますか。いやあ、さすがは宰相様ですな。そのような技前をご存知とは」

「ま、まあな。はっはっは」


 とりあえずは納得したかな?

 どのみちあと十年もしないうちに日本中に知れ渡る技術のはずだから、そのうちに有耶無耶になるだろう。




 ・天文八年(1539年) 五月  越後国頚城郡 直江津湊  西川伝右衛門



 直江津の風景はいつも賑やかでいいな。揚北では未だ戦がたびたび起こっているが、春日山様(長尾為景)の威令が行き届いている直江津では戦が無くなってきている。

 それに越後上布は蝦夷でも京でも人気がある織物だから、蝦夷へ行く前にも蝦夷から帰る時にも直江津に寄って仕入れるのは定番になっている。


 儂も昨年の秋にようやく一人前として独立を認められ、『中一屋』の屋号を認められて蝦夷行きの船の宰領を任せてもらえるようになった。儂を含め、今も同期として蝦夷行きに携わっている者は十人ほどしかおらん。最初は五十人以上が従事していたが、ある者は西国航路に回され、ある者は蝦夷に定住したりとバラバラになってしまった。

 それに、海に飲まれて死んだ者も少なくない。儂もいつ波に飲まれて命を失うか分かった物では無いな。


 だが、それでも儂は蝦夷航路にこだわりたい。いつか銭を貯めて自分の船を持ち、蝦夷と敦賀を往復して両方の湊を賑やかにしていきたい。儂の商人としての原点はそれに尽きる。必ずや成し遂げて見せる。



「伝七殿~!」


 はしけに乗って近江綿布を直江津に運んでいると、岸から快活な少年が手を振っているのが見えた。やれやれ、また林泉寺を抜け出して来られたのか。


「これは虎千代様。こんな所へ来られていてはまた光育和尚に叱られますぞ」

「構うものか。沖合に『中一』の帆が見えたから飛んできたのだ。山城では先ごろ尼子と六角が大戦をしたと聞き及んでいる。どのような戦だったのか教えてくれ」

「そう申されましても、手前も実際に戦場にいたわけではありませんからなぁ。お話できることはおおよそ虎千代様がご存知のお話しかありませんぞ」


 途端に虎千代様が拗ねたような顔つきになる。さてはまた和尚か父上様から叱られでもしたかな?


「父上は儂が戦のことを知ろうとするのを面白く思われないそうだ。そのせいで、戦があったという風聞しか聞けぬ。どのような陣立てだったのか、どのような戦いだったのかが全く分からんのだ」


 やれやれ、相変わらず御父上とは上手くいっておられないようだな。越後の政情に深く関わるつもりはないんだが、こうも拗ねた顔をされるとついほだされてしまう。


「まあ、此度の戦はそれほど派手に戦ったということはありませなんだ。手前どもの頭分も、どちらかと言えば兵糧の確保に走り回った戦だったと申しております」

「そうなのか?しかし、戦はあったのだろう?」

「ええ、それはもちろん。今回は主に斎藤山城守様と三好筑前守様、それに尾張では六角尾張守様が戦われたそうにございます」

「ほう!斎藤山城守と言えば美濃勢か! どのように戦ったのだ! 早く教えてくれ」

「まあ、お待ちくださいませ。手前もまずは上陸させて頂きとうございます」


 はたと気が付いたように、虎千代様が艀の荷揚げを待っている人足の方を振り返って申し訳なさそうな顔をする。こういう所は可愛らしいものだな。


「これは済まなかった。仕事の邪魔をして悪かった」

「いえいえ、とりあえずこの荷を下ろした後は陸で一息吐こうと思っていたところです。いつもの宿で『西川伝右衛門』と伝えておいて下され」

「わかった!早く来て話を聞かせてくれ!」

「ええ、すぐに参りますとも」


 まったく、慌ただしいことだな。だが、こうして儂らの来航を喜んでくれる者が居るというのは有難いことだ。


 さて、まずは近江綿布をいつもの店に届けねばな。


「よし! それじゃあ荷揚げを頼む」

「ヘイ!」


 人足が艀を岸に縛り付け、儂と入れ替わりに船に降りて荷を揚げ始める。今年は越後上布と米を仕入れていかなければいかん。兵糧米はまだ完全に蔵に戻されて無かったから、近江では少し割高だった。

 越後の米が安ければ助かるなぁ。

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