二つの戦場

 

 ・享禄三年(1530年) 五月  伊勢国員弁郡 梅戸城  六角定頼



 京から戻ったと思ったら数日観音寺城に滞在しただけですぐに伊勢に出張って来た。

 弟の梅戸高実から伊勢の情勢がキナ臭くなってきたから『急ぎ御出座願いたい』と呼び出されてしまった。

 おかげで座の温まる暇もない。戦国時代に来てまで単身赴任とか笑えないなぁ。


 単身赴任と言うよりは長期出張か。


 これじゃあ子供が少ないわけだよ。なかなかキャッキャウフフしてる暇がない。まあ、久々だからこそ燃える部分もあるわけだが。

 志野もノリノリだったな。昼と夜の顔があれだけ違うのもなんかギャップがあっていいな。


 それに、出張先は出張先で遊女屋で遊べる。近江地元じゃなかなか人の目があって出入りし辛いが、京でなら志野にバレる心配もない。

 じゃあ側室持てよって話だが、観音寺城に女が増えても意味はないからなぁ。観音寺城に居る時なら志野で充分満足しているし、出張先に居ないと……

 第一側室と言えばれっきとした妻なんだから、迎えたら子供を作ってやらなきゃならん。子供が出来なかった時のプレッシャーが怖いし、不妊を苦に家庭内でギクシャクなんてのもしたくないしな。


 ……待てよ。京に女を囲えばいいのか。

 ……いや、さすがに女を囲えば志野にバレるかなぁ。

 定秀あたりはモロに顔に出てしまうし、定秀の嫁とウチの嫁はけっこう仲が良いらしい。それに女の浮気発見レーダーは男の想像をはるかに越える高性能だ。


 ……危険だな。

 家庭がギクシャクなんて一番気疲れする。


 やっぱ俺は本妻一人に風俗遊びくらいがちょうどいいや。



「……うえ、兄上、聞いておられますか?」

「ん?ああ、聞いているぞ。……それで、状況はどうだったかな?」


 隣の進藤の視線が冷たい。聞いてたってば!


「コホン。北伊勢に関してはほぼ問題なく攻略出来る用意は整っております。

 北伊勢国人衆のうち、大木・佐脇・関・南部はこちらの意を通じております。神戸とは気心を通じてはおりますが、味方となるかはまだわかり申さぬ。明確に敵となりそうなのは朝倉・横瀬・木俣、それと千草ですな」

「ふむ。長野の動きが不穏になってきていると文にはあったな」

「はい。こちらの動きを勘付いたのでしょう。中伊勢の長野が千草常陸介を後援して我らに対抗する姿勢を見せております」

「南伊勢には北畠も居る。長野ものんびりと北伊勢と対峙しているわけにはいかんという訳だな」

「左様です。関安芸守の亀山城がいわば敵中で孤立したような情勢になっております。ここで関を見捨てれば、こちらになびきつつある国人衆にも動揺が走りましょう」


 ふむ。

 速戦で決めたいが、それにしては亀山城が遠すぎるな。先発隊として蒲生を千草に当てて本軍は亀山城の後詰に向かうか……

 おっと、定秀は京の守備隊に残して来たんだったか。じゃあ後藤かな。


 越前は先日一向一揆が暴れ出したらしいし、今のところこちらに手出ししている余裕はないだろう。

 ここは大原の北近江軍も呼び寄せて早めに北伊勢を制圧してしまおう。

 今回の戦略目標は長野の頭を押さえて北伊勢を確保するところまでだな。



「失礼します!保内の伴庄衛門殿が御屋形様に目通りを願っております」

「おう。通してくれ」

「ハッ!」


 具足姿の近習が下がると、入れ替わるように平服姿の伴庄衛門が入って来る。

 何かあったな。でなければ文で済ませるはずだ。


「ご陣中に失礼いたします」

「構わん。何があった?」

「三好筑前守様が阿波勝瑞城にて兵を集め、堺に向かう用意を整えていると報せが入りました」


 辺りがざわつく。まあ、細川晴元の主力が復活したんだから無理もないか。

 京に居る軍勢はせいぜい三千ほどだ。やっぱ近江一国の規模で多方面作戦は苦しい。つくづく上洛なんかしなければ……

 まあ、今更言っても仕方ない。



 三好元長はどう動くかな?

 まずは細川高国に向かうはずだな。細川晴元が今一番困っているのが播磨からの進軍だ。高国を放って京に向かうとは考えにくい。

 となると、高国を敗退させてから京に向かうはずだから猶予は長くて一年ってところか。高国がどれだけ粘ってくれるかがカギだな。


 若狭の武田も高国陣営だが、今は国内がゴタゴタしている。足利義晴即位のための段銭を搾り取り過ぎたことで百姓や商人が反乱を繰り返すようになった。

 今は何とか武力で抑えているが、そもそも過酷な税に苦しむ民衆に対して武力制圧は逆効果だ。

 早晩武田も国内を抑えきれなくなるだろうし、今回の三好の進軍に対しても期待はできないな。


 最悪の場合は義晴をまた近江に逃がすように指示を送っておくか。


 しかし……

 三好、帰ってきちゃったか。史実でのアイツは主君に裏切られて一向一揆に殺されるはずだ。いつの事だったかははっきり覚えていないが、定頼の時代の出来事だったと思う。少なくとも阿波に居ればその心配はないと思ってたんだが……

 俺にはどうしようもないことは分かっているが、それでも見ていて後味のいいモンじゃない。できれば一揆なんかでは死んでほしくないな。


「よく報せてくれた。礼を言うぞ」

「いえ、いつもお世話になっております故」


 福々しい顔で下がっていく。庄衛門も年を取ってずいぶんと貫禄が出てきたな。


「新助、京の蒲生と小谷の大原に文を書く。至急届ける手配をしてくれ」

「ハッ!」




 ・享禄三年(1530年) 七月  河内国堺 金蓮寺  三好元長



「おお!讃岐守!(細川持隆)よくぞこの兄を助けに来てくれた!」

「礼ならばこちらの三好筑前に申されてください。援軍を取りまとめたは筑前でござる。某はただ担がれて参ったに過ぎませぬ」

「うむ。筑前もよくぞ参ってくれた。やはりそなただけが頼りじゃ」

「いえ、讃岐守様のお下知が無ければ二万三千もの兵は動かせませなんだ。やはり左馬頭様や御兄君を支えんとする讃岐守様のお志が響いたのでしょう」


 空虚な会話だ。

 はしゃいでいるのは六郎様(細川晴元)だけで、周囲に侍る越後守(三好政長)などは苦々しい顔をしておる。

 摂津の国人衆は内心安堵しているようだな。伊賀守殿(茨木長隆)の顔にも険しさよりも安堵が見える。

 無理もない。六郎様や越後守は最悪の場合は阿波へ逃げれば済むが、摂津国人衆はこの戦に負ければ道永(細川高国)の粛清が待っている。

 負けられぬ戦いという意味では彼らこそ負けられぬと思っているだろう。


「早速だが、道永と浦上美作守(浦上村宗)は中嶋城まで出張っておる。まずはこれを撃退せねばならん。

 筑前守を総大将として任ずる故、一刻も早く道永を撃破せよ」


「お待ちくだされ。今しがた堺に到着されたばかりの筑前守殿をいきなり総大将とされるのはいささか……」

「やかましい!その方らは幾度戦っても道永に歯が立たなかったではないか!この難局を任せられるのは筑前しかおらぬわ!」


 越後守が弱々しく抗弁するが聞き入れられない。どうやらよほどに六郎様の信を失ったようだな。

 ま、越後守が信を得ておれば今頃儂はここに居らぬか。


「左様。まずは敵の兵数はいかほどかわかりますか?」

「敵勢はおよそ二万にございます。摂津欠郡を中心に展開し、今もなお播磨の赤松家臣の明石修理亮が後詰としてこちらに向かっておるとの報せがございます」


 ほう。左京亮(木沢長政)は儂に協力する心づもりらしいな。積極的に絵図面を指して碁石を並べていく。京を失った失態をここで挽回せねばならんということか。見かけによらず随分と思い切りの良い男だな。


「赤松の後詰はいかほどだ?」

「噂では一万と号しております」


 ふむ。


 ということは実数は半分ほどか。それでも五千の軍勢だ。

 道永め……六角や朝倉に見限られてなおそれほどの軍勢を用意してきたか。

 しかし、道永も知らぬことがある。浦上の主筋である赤松は既に左馬頭様に与すると言って阿波へ人質を出してきている。道永の後詰は事実上我らの援軍よ。


 浦上伊賀守も迂闊な男だ。

 自分で赤松次郎(赤松政祐)の父を殺したことをきれいさっぱり忘れておるようだな。しかし、殺した方は忘れても殺された方は忘れられぬものだ。

 よほどに天下人として京で権勢を振るう己の姿に酔いしれているらしい。気付いたときには地獄に落ちておろう。


「総大将の任、謹んでお受けいたします。まずは、讃岐守様の軍勢八千は堺の守備隊として左馬頭様や六郎様の警護をお願い申す」

「うむ。心得た」

「ま、待たれよ」


 打てば響くように讃岐守様が答える。と同時に越後守が言葉を挟んでくる。


「道永は二万の軍勢を抱えていると申したであろう。筑前殿は一万五千の軍勢で道永と戦うおつもりか?」

「いいや、某の兵のうち五千は河内方面への警戒に当てる」

「で、では……」

「左様。儂は一万の軍勢で道永に当たる」


 一座がざわめく。今まで兵数で上回っていても散々に負けたからか、皆今一つ信じられないようだな。摂津欠郡は川の中州で湿地帯が多い。大軍を動員すれば勝てるというものではないというのがわからんらしい。


「御心配召されるな。まずは某は勝間の地にて道永の侵攻を食い止める。

 一旦戦線を膠着状態にし、相手の足を止める。それが出来れば、充分に勝機はある」


 この戦を機に堺方を儂の力でまとめなければならん。そのためにはただ勝つだけでは駄目だ。

 誰の目からも不利と思える戦を勝ち戦に塗り替えてこそ、儂の存在感が増す。これ以上佞臣共を六郎様のお側に近付けぬようにせねばいかんからな。


 この戦を一万の手勢でひっくり返せば、六郎様は例え不承不承でも儂の言うことに従ってくれるだろう。ましてや御弟君の讃岐守様のお口添えもある。

 今度こそは堺方の心を一つにして六角に当たらねばならん。儂の敵は道永ではない。六角弾正だ。

 あの男に勝つためにはこちらも内紛を抱えているわけにはいかん。少なくとも軍勢は儂の指揮下に置けるようにしておかねばならんな。


 弾正よ。待っておれ。

 お主の首を獲るのは儂だ。


「筑前よ。お主は道永に勝てるのだな?」

「お任せくださいませ」


――――――――


※伊勢国人の朝倉氏は越前朝倉氏とは別の朝倉です。戦国時代ややこしすw


ここからしばらく六角と三好の戦場が同時並列で出てくる形になります。

伊勢と西摂津で視点が切り替わりますが、出来るだけ繋がりを分かるように描いていきますのでお付き合いください。

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