ああ、神様!

貝鳴みづす

第1話

 ああ神様、なぜなのでしょう。

「どうした、迷える子羊よ」

 いえ私は羊などでは。

「…いや、言葉のあやというものだよ」

 そうなのですか。

「それでどうしたのかね」

 そうでした。

 ああ神様、どうして私はこんなに皆に嫌われるのですか。

「う、うむ」

 どうすれば皆に好かれるのでしょうか。

 嫌われるのが怖くて、もう皆の前に出ることもできません。

「それが悪いのかもしれぬ。

 もっと積極的に明るく振舞ってみてはどうだ」

 ああ神様。

 そんなことをしては、皆は私のことを気持ち悪いと、さらに嫌うことでしょう。

「そ、そうか」

 ああ神様、なぜ私などお創りになったのですか。

 私などあの方のように美しい踊りもできず、歌も綺麗ではないし、何か尊敬されることなどありません。

「他の者など気にするでない。もっと自信を持ちなされ」

 自信…私に自信なんて…。

「うむ…。

 あっ、他の迷える子羊が呼んでおる!!」

 え? あ、ちょっと神様!

 ああ神様!!



「キャーーー! ゴキブリ!!」

 夕食の時刻。台所で少女が叫ぶ。

「あら! どこどこどこ?」

 隣の部屋で洗濯物を片付けていた母が、声を聞いて駆けつける。

「あそこ!」

「あらほんと。お母さんに任せなさい!」

 母はそう言うと、机の上にあった新聞を手にとってまるめる。

「あ、ちょっと母さんそれまだ読んでないんだが」

 父のぼやきを無視して、母は部屋の隅の黒い悪魔に立ち向かった。

パシーーーーーンッ!

「お母さんさすがー!」

「あらあら、これくらいできないとお嫁にいけないわよ」

「父さんはできなくていいと思うぞ」

 親子の和やかな会話を、薄れゆく意識の中で聞きながら、彼は思った。

 ――この世に神などいないと。

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ああ、神様! 貝鳴みづす @mizusu

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