6
馬車二台が孤児院の前に着く。
隣国の王子ということで、街の人々も集まっていた。敵である北のシュイグレン、長い戦いで、 人々の感覚は麻痺しがちだが、身内や友人を戦争で亡くした者もいるので、騎士団が守るように孤児院の前に壁を作っていた。
ラウニが先導するようにハルミラの前に立ち、セノ、アウグ、マルクがその後に続く。
「マルク!」
孤児院の院長や子供たちは身なりがすっかり変わったマルクを見て目を丸くしていた。
ハルミラは事前に説明をしなかったことをすこし後悔しつつ、セノがマルクを従僕に加えたい願い、今は彼に仕えていると説明した。院長は少し不可解な表情をしていたが、子どもたちは羨ましそうにマルクを見ていた。
「院長。奥の部屋を見せていただけますか?」
ラウニに請われ院長は顔を引きつらせて、案内する。
「セノ様。俺はここで他の子と遊んでいてもいいですか」
「ハルミラ王女。よろしいですか?」
マルクに聞かれ、セノが王女であるハルミラに確認した。彼女は勝手に判断することを良しとせず、院長に尋ねた。
「マルクを子供たちとここで遊ばせて構いませんか?」
「も、もちろんですとも」
院長はラウニに目配せし後頷き、ハルミラはこの院長が裏切り者の一派を繋がっていることに落胆するしかなかった。
「ハルミラ王女。こちらにいらしてください。セノ殿は院長の案内で子供たちが作った手芸品をみてください」
リムは一介の神官、ハルミラなら警護神官で親しい間柄であるので、この言葉が理解できる。隣国の王子に対して指示とも取れる台詞はアウグの気に障る。けれどもセノの視線にも押さえられ、ぐっとこらえて院長の後ろへ続いた。
☆
「マルク。いいなあ。お前」
マルクが孤児院にいたのは数日間だけだ。けれども名前を覚えていた者もいて、彼に話しかける。
少し罪悪感を覚えつつマルクは部屋の中をぐるりと見渡していた。
疑いたくはなかったが、今日の院長の態度を見ていると、あやしいとしか思えなかった。何かあっても、今度こそは誰も死んでほしくないとマルクは願っていた。
生き残ったのはマルクだけだ。養父母や友、世話を焼いてくれた大人たちを思い浮かべると胸が苦しくなる。
「なんだ?」
台所の続く廊下に赤い小さな石が落ちているのを彼が見つけた。
「綺麗!」
同じようにそれを見た女の子が声を上げる。
マルクはその石に見覚えがあった。
なので、誰よりも早く駆けて行って石を拾う。
「ずるい~。私もほしい」
「これは落とし物だ。ちょっと院長先生に届けてくるよ。…えっと」
「アスマンだ」
「アスマン。みんなのこと頼むな」
「お前に言われなくてもわかってる」
マルクに最初に話しかけてきた少年――アスマンは鼻を鳴らして答えた。
何かあれば自分の身に代えて、子どもたちを守ろうと思っていた。今後こそは。けれども、見つけた石は火の神石のかけらで、恐らくリムのものだと彼は判断した。
(あの人は強い。神石のかけらがあれば、逃げ出せるはずだ)
正統法でいくとマルクが捕まる。なので、彼は院長たちを追うのではなく、逆の方向から彼らがいるはずの場所を目指した。
☆
(ここは……)
箱の中で暴れる度に、無理やり眠らされ、彼女は憔悴しきっていた。
なので、目を覚まして、寝ている振りをして様子を覗う。
声の様子から周りにいるのは二人。一人はジェシカで、もう一人はシーロだ。そのうち自分によく似た声が聞こえて、急に箱の蓋が開けられた。
(ハルミラ様!)
声を出せず、体を拘束されていることを情けなく思うしかなかった。
王女は目に涙をためてリムを見ていた。
その傍に自身の姿に化けた人物がいて、睨みつけるが意味はなかった。むしろおかしそうに笑われた。
(ラウニか……)
ジェシカ、シーロが傍にいて、あと一人はラウニだと予測はしていたが、その仕草を眺めて彼女は確信した。
「リムを放してあげて。あなた達に言われたことはするから」
「そんな言葉を信じられるわけがない。しかも、こうして私たちは正体を晒している。これ以上の身の危険を冒すわけがないでしょう」
ハルミラに国境軍団長のシーロは言い返し、隣のジェシカは頷いている。
「私が……セノ様に毒を持ったら、リムを解放してくれるでしょう?それは本当よね?」
「約束いたします」
(嘘だ。そんなこと。ハルミラ様!)
声を出せない代わりにリムは精一杯首を振り、唸る。
「煩いわ」
ラウニは眉を潜めるとリムの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。
「何をするの!」
「眠ってもらうだけですよ」
彼女は昨晩のようにリムの鳩尾に殴りつけようとしたが、それはアウグによって止められた。
「くそっ。院長」
ラウニは掴まれた腕を振り払い、足止めに失敗した院長に悪態をつく。
「待つのはやめたんだ。もう一網打尽にしたほうが早いと思ってね」
「セノ王子!」
「セノ様」
セノも姿を見せて、ハルミラは安堵の息を漏らし、シーロとジェシカは舌打ちをした。
「もうすべてが遅い。こうなれば、初めての計画に戻る。セノの首を持って帰れば、それでいい。王女に罪をかぶせなくても」
「シーロ様」
「野蛮だなあ」
国境軍団長に頷くのはジェシカで、セノは飽きれた声を出す。
「人質は有効に使うぞ。ジェシカ、ラウニ!」
シーロの指示に二人は動いたが、セノもアウグもそれは想定済だった。アウグが引っ手繰るように芋虫状態のリムを抱き、セノがハルミラを守るようにその前に立つ。
「ならば、この孤児院を破壊するのみだ。あの村のように」
「させるか!」
マルクは物陰から出てきて、シーロに体当たりを食らわせる。
「シーロ様!おのれ!」
「気が向かないけどしかたないよね」
セノは、倒れたシーロに注意が向かったジャシカを氷の棍棒を使って気絶させる。
アウグはリムを床に降ろして、ラウニに攻撃を仕掛けた。建物内なので、使うのは氷のナイフだ。
「ははは。あの時もそうだった。気にしてたらおしまいよね」
それに対してラウニは火の塊を作り出し、アウグに放った。
ハルミラは一気に燃え上がる部屋で呆然とするしかなかった。
「ハルミラ王女!しっかり!子供たちを非難させるんだ。早く!」
セノは彼女を引き寄せるとその瞳を食い入るように見つめて指示を飛ばす。
「リムが!」
「リムのことはまかせて。君は王女だ。すべきことをして!」
「ごめんなさい。セノ様」
リムのことばかりを優先して考えたとハルミラは反省して、広がる火の手の中、一瞬だけリムの姿を見ると駆け出した。
☆
(何をしているんだ。私は)
守られ、足手まといとなった自身をリムは詰っていた。
必死に体を動かし、せめて自分の身だけでもどうにしかしようとする。
ラウニとアウグは交戦中、セノは神石の力を使って火を消そうとするが、立ち上がったシーロが邪魔をしていた。マルクは床の上でのびているようだった。
ふと彼の傍で赤く光るものを見つける。
(神石のかけら!)
リムは必死にそこまで這いずっていくと、指の先のかけらに触れる。己を拘束している縄と布を火の力で燃やし、自由を得て立ち上がった。燃やすさいに小さな火傷を負ったが、そのようなもの痛みとも思えなかった。
「セノ王子。私がその裏切り者を!消火作業をどうかお願いします!」
「やっとお目覚めだね」
寝ていたわけではないのだがそう言われてリムは反論もせず、火の剣を作り出した。
一刻後、孤児院は半壊してしまったが、子どもたちは全員無事。裏切り者であるシーロ、ジェシカ、ラウニを制圧した。
床に倒れていたジャシカは火傷を負った上、煙をかなり吸っており、意識を一度も取り戻すことなく死んだ。それを知ったシーロはもはや抵抗することもなく、すべての罪を告白した。
ラウニは楽しそうに村の襲撃、恨みを込めてリムのことを語り、シーロと共に反逆罪で死刑となる。
孤児院は別の場所に作られ、新しい院長が就任した。
マルクはそのままセノの従僕として北のシュイグレンに旅立った。
フォーグレンの国境軍隊長シーロの告白により、シュイグレンの第二王子の暗殺の首謀者として、その兄が王位継承権をはく奪され、幽閉になった。
セノは北の神官を除して、嫌々ながら王太子になったそうだ。
二年後。
北のシュイグレンの王太子セノと南のフォーグレンの王女ハルミラが婚約を結んだ。同時に和平契約も交わして、二つの国に完全な平和が訪れることになる。
マルクの村は復興することはなかったが、尊い犠牲として記念碑が立てられるようになった。
一年に一度、そこに北と南の神官が集まり、それぞれの神に平和の祈りを捧げる。そこで恋に落ちる神官などもいて、リムは毎年胃の痛い思いをしている。アウグも毎年参加しており、リムとアウグがお似合いだと陰でささやかれているが、当の本人たちはまったく気づく様子はなかった。
「本当、鈍感だなあ」
「私もそう思います」
「その点、君は積極的だよね」
「そうですか?」
「君との結婚は、平和のためだけじゃないからね」
「……信じてます」
「もう、酷いなあ」
平和のきっかけとなったセノとハルミラは、それはとても仲の良い夫婦であり、両国民にとって平和の象徴となり、長きに渡り語られることになった。
(完)
シュイグレンとフォーグレン~王族と神官たちの物語 ありま氷炎 @arimahien
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