第9話 上得意
「これは、これは、上得意のお嬢さんじゃないか。こんなむさ苦しいところまでわざわざ何をしに来なさったかな? え? 芋虫がどうかしたって?」
「あなたたちがさらって行った芋虫さんを返してほしいの。彼をどこに隠したの?」
「芋虫? そんな奴あ知らないね。俺はね、もっと趣味がいいんだ。どうせ訊くなら
そう言うと、男は可笑しそうにくつくつと笑った。お嬢さんは何も言わず、キッと男を睨みかえした。彼女の両腕と唇はわなわなと震えていた。
「ほら、お嬢さん。言わんこっちゃない。あんたの両方の目からそろそろ大粒の涙が覗いているぜ。もうすぐ大雨が降るのかね」
男の言うように、彼女の目からは大粒の涙がそろそろと顔を覗かせ、そして頬を伝いこぼれ落ちようとしていた。男はますます可笑しそうに顔を歪めながらそれを眺めていた。
危ない!
涙がまさに頬を伝おうとしたその瞬間、外で待っていた毛むくじゃらが鋭く一声吠えた。
はっと我に返ったお嬢さんは腰に巻いていたリボンをきゅっと閉めなおすと、手を後ろに回し何かを切る動作をした。
それはまるで東のはずれにある国の舞踏をみるように優雅で様式美に満ちあふれた仕草だった。すると涙は砂漠に吸い込まれる水のように、するするとお嬢さんの両方の目から引いて行った。
「おあいにく様。もうその手には乗らないことに決めたのよ」
お嬢さんの瞳は勝利の喜びに輝いていた。
「ふん、誰かが余計な入れ知恵をしたと見えるな。だがそれも、無駄な骨折りというもんだ。これはどうかな? ふっふっふっ」
そう言うと男は、奇妙な手つきを繰り返した。
急にお嬢さんはその場にしゃがみ込み両手で頭を抱えると苦しそうにうめいた。
「な、なんなの、これ?」
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