第5話 なみだせん

それはこんな風に読めた。


   涙線管理局


「知らない方にはよく間違われるんですがね、一応、断わっておきますと、最初の二文字は、「なみだせん」と読むんです。「るいせん」じゃなくって「なみだせん」ね。それから漢字も間違っちゃいません。ええ、私は学校の成績はいつも良かった方で、漢字の試験はいつも満点だった」


「先生がね、よく私の頭をなでてほめてくれたもんだ。「あなたは将来、国文学者になるのかしら」ってね。それが今はしがないウェイターをやっている。ちょっと、すみません」


 そう言うとウェイターは、ポケットから大きなハンカチを取り出し大きな音をたてて鼻をかんだ。


「この年になると涙もろくなっていけません。何の話をしてたんでしたっけ? そうそう、管理局の話でした。世の中にはね、一般の方が気づかない涙線なみだせんというものが縦横に走っているんです」


「管理局はそれに目を光らせているんだ。涙線なみだせんは狡猾なやつでして、ちょっとでも気弱なやつをみつけると触手を伸ばして、そいつに触り始めるんです」


「そうするともういけない。そいつは涙が止まらなくなる。涙が涸れることはないのかって? 涙線なみだせんが触手を通じて、涙をどんどん継ぎ足しているんです。触手を伸ばす涙線なみだせんは、いわばその支線でして、中央には太い幹線が何本も走っていて巨大なネットワークを形成している」


「支線はすべてそこから分岐してるんだ。幹線の元を探ると、世界各地の「るいせん」や「るいこ」に辿り着く。あっ、「るいせん」は涙の泉と書いて涙泉、「るいこ」は涙の湖と書いて涙湖ね。ややこしっくってしかたがない」


「名は体を表すってね。涙泉からは涙がこんこんと湧き出ていて、涙湖は涙を満々とたたえている。どうしてそうなるかって? さあて、私は下っ端だったから、それ以上はちょっと分からないね」


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