第2話 長靴

「あなたのことがもっと知りたいの」


 テーブルにつくとお嬢さんは芋虫にそう言った。


「僕のどういうところが知りたいの?」


 芋虫は事の成り行きにやや当惑しながらこう聞いた。


「わからないわ。でも、あなたのことがもっと知りたいの。そうすればあなたにもっと親しみが持てると思うの」


「僕は芋虫だ。葉っぱを食べるのが大好きなんだ。それ以外のことについて今は話せない」


 お嬢さんは芋虫をながめると言った。


「あなたが足に履いているのは何なのかしら?」


「これかい? これは長靴だよ。雨の日に使うと便利なんだ。ゴムで出来ていて水が入らない構造になっている。つるつるすべらないように靴底には溝が沢山切られている。これを履いて傘を持って雨の街をハミングしながら歩くんだ。そうすると大抵の悩みはどこかへ吹っ飛ぶよ」


「ふうん、私も履いてみようかしら」


 お嬢さんは向かいの靴屋へ駆け込むと、赤い長靴を履いて帰ってきた。


「ほら、見て。あなたとお揃いよ」


 そう言いながらお嬢さんは、嬉しそうにポーズを決めて、足下のぴかぴか光る赤い長靴を芋虫に見せた。


「うむ、僕のとはちょっと違う。ほら膝下からくるぶしにかけてのラインが若干絞り込まれているだろ。君のはAラインと呼ばれているんだ。僕のはフラットなBラインさ」


「あら、がっかりね。でも、いいわ。あなたと同じ長靴を私も履いているんだもの。どんな形だって長靴は、長靴よ」


「うむ、長靴は、長靴か。芋虫は芋虫で、お嬢さんじゃない。お嬢さんはお嬢さんで、芋虫じゃない。でも僕たちは同じ長靴を履いている。形は違っても同じ長靴とよばれる、雨の日に履く、履物を履いているんだ。そして同じテーブルについて長靴という共通の話題についておしゃべりをしている」


 お嬢さんはちょっと微笑んだ。

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