街角で泣いてたら芋虫さんと出会って、二人でお茶して、芋虫さんが誘拐されたので、追いかけたらひどい目にあった件

戸来十音(とらいとおん)

第1話 大雨

 お嬢さんは街の片隅で、煉瓦でできた壁際のごみ箱の上に腰をかけてめそめそと泣いていた。


 たまたまそばを通りかかった芋虫は、それに気づくと彼の大好きな葉っぱを摘んできて、花束のようにきれいに包み、照れくさそうにお嬢さんに差し出した。


「私は帰るお家がほしいのよ。こんなものいらない」

 お嬢さんはさらに大きな声で、はらはらと泣き出した。


 彼女の手でたたき落とされた葉っぱを一枚ずつ拾い上げると、芋虫はがっかりしてこう言った。


「僕にはわからないな。こんなにおいしそうな葉っぱより大切なものがあるなんて」


 そして悲しそうにお嬢さんを見つめた。


 それでもお嬢さんは泣き続けた。

 彼女の涙は彼女の膝を濡らし、座っているごみ箱を濡らし、鋪道に跳ね返り、街角に溢れかえった。


 やがて気象台は大雨洪水警報を出し、自治体は付近の住民に避難を告げて回った。住民が去ると後にはお嬢さんと芋虫だけが取り残された。


「ねえ、お嬢さん。早く泣き止んで避難しないと、きれいなおべべが濡れちゃうよ。僕は塩水は苦手なんだ」


 それでも頑固なお嬢さんは泣き止まなかった。


「私のことなんかほおっておいて、どこでも好きなところに行けばいいんだわ。あなたなんて、どうせ慈善事業づらをしたNPO法人の回し者なんでしょ」


 芋虫は、塩水でぐったりとした葉っぱを抱えながらこう言った。

「たしかに僕は、誰かが雇ったエージェントなのかもしれない。でも、僕はれっきとした芋虫でもあるんだ。だからいつまでも君のそばにいるよ」


「本当?」


「芋虫は嘘は大嫌いなんだ。それに君はずっとそこに腰掛けているつもりなのかな? そろそろ重くてしかたがないってごみ箱君が嘆いているよ」


「あら、ごめんなさい。ごみ箱さん」


 お嬢さんは、ぴょんと飛び降りると、鋪道の上に立った。


 鋪道はお嬢さんの涙で溢れ、歩くとぴちゃぴちゃと音がした。芋虫は自分が長靴を履いていたことを思い出し創造主に感謝した。それから二人はなかよく手と前足を取り合ってその場を立ち去り、近くのカフェに入った。


「あなたのことがもっと知りたいの」


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