第5話 述懐

その日私は夢を見た。私の人生を振り返るような。私はそれを完全に理解できないし、いつのまにかそれが自分のものになっていることにキミ悪さを覚えていた。佐原凛は神奈川県の沿岸地域で生を受けた。やさしい両親に恵まれ、そしてその子の発達段階に全て必要だと思われることを順調にクリアしていった。私には隣家の住人に友達と呼べるものができた。その頃から既に典型的なインドア体質であった私と地元のスポーツクラブで体操をしていた一之瀬舞が友達になれたのは、やはり何か奇妙な縁があったのか。確か約束した…新しい昆虫の新種を見つけたら舞ちゃんの名前をつけると。


ともかくそうやって幼少期を過ごしたあと、一緒に中学に入学した。しかし彼女はテニス部に入り、私は特にどの部活にも入らなかったのでだんだんと遊べるような機会が減っていった。別に疎遠になったわけではなく、たまに話し合う機会があったが、今までのように遊べる時間は確実に減った。


それは中学の後半戦、確か3年生の夏休み、いよいよ進路を決めなければいけないという時のことだ。


「ねえ舞ちゃん!いこうよ、岬ヶ崎。」


岬ヶ崎、それは南海の孤島に建てられた国立の高校であり、生徒の極めて特殊な才能開発が行われている場所だ。ここで3年間過ごすとどんな大学でも入りやすいというメリットがあった。


「なぜそこにしようと思ったの?」

「んー?いや南の島に行けたらもっと楽しいことがあるかなって!そこにさーちゃんもいればいいじゃん?」

「でもそんな得体の知れない場所…」

「知れなくないよ!要は凄く頭のいい高校だってことでしょ。」

「でも舞ちゃんこそ大丈夫?そこ偏差値で言えば65くらいあるわよ。」

「げっ!!!これから勉強すれば大丈夫でしょ!」


私にとっても舞ちゃんにとっても「岬ヶ崎に合格する」というのは困難な任務だった。それから毎日のように勉強し、わからないところがあれば教え合い、そして一緒に高校に通うことを目指した。最終的にその努力は身を結び、今のように高校に通えるようになる。…………………………というのが「私」の過去。もう自分にとって他人になってしまっている男性の人生は違う。順番にそれも思い出して行こう。


名前は…思い出せない。男性。出身地は一之瀬舞と同じく神奈川県だったと思うけれど、海が近くにあった記憶はないため沿岸地域ではなかったと思う。一之瀬舞の半生と違って私の人生はあまり恵まれていないと言ってもいいだろう。両親は私の人生のスタート地点には存在しなかった。生まれにまつわる全ての問題を片付けた後、私と父は感動の再会?を果たすこととなるのだが、それにはそこから20年くらい必要だ。私はこれまた国立の孤児院にて育った。孤児院では確か私を嫌う奴がいて、彼らに暴力的な試みをされたり、執拗に食事が盗まれたこともあった。幸い、一之瀬舞とは同様に──頭が良かったので孤児院からの保証を受けつつ、大学受験を受けそれなりに良い大学に進学することができたのだった。


大学でまず母が死ぬ。母には一度もあったことがなかったため、悲しいとか特別な感情を抱いたことはなかったが、それが父親によって伝えられたため、その悶着は私を不愉快にした。


「なあ、███!お前の母が死んだ。葬式へ来い。」


私は一度も母にあったことはなかったのにも関係なく、葬式へ行くように指示してくる父が嫌だった。


「なぜいかなければならないんですか?」

「なぜってお前自分の母だぞ。それくらい来いよ。」

「いやです。行く必要もありません。」

「なんでだよ。親不孝ものめ。」

「私は母のことを母と思ってません。あなたのことも嫌いだ。」


私は母の葬式に行かなかった。また、肝臓癌で死んだそのあとの父親の葬式にも行かなかった。大学の研究員としてその頃には独立していたため、もう嫌なことは起こらなかった。自分の日常に馴染んでいくたびに、嫌な両親のことを忘れて行けたため、どんどん研究にのめり込んでいった。私は仕事人間だった。



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潮風と島 carbon13 @carbon13

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