第4話 論述

この時は自室で本を読んでいるシーン。今週送られてきたのは「アヒルと鴨のコインロッカー」それは辞書をプレゼントするために本屋に強盗しに行く出だしから始まった。少し思ったがこの本はどのような基準で決められているのだろうか。私(佐原凛)がいかにも好みそうな本を選ばれているのか。だとしたら最近の私は伊坂幸太郎や東野圭吾などのマイブームに突入した可能性が高い。やはり毎回何かしらの指向性があるようであり、ここ数週間で選ばれたのはもっぱら若者向けの作品が多かった。破天荒な行動をする人物は私にとっても本来の自分にとっても好ましい。


私はタブレットを取り出して新しく本を買うことを決めた。画面をスクロールして一覧を眺めていく。「文明が失われた世界で少女はさすらう」「宗教にハマってしまった母親と子の話」「ジャーナリストがネパールで殺人事件に遭遇する」様々な内容があるがこれは物語性の高い群の一例であり、その他には「ヨーロッパ 各国の料理文化の比較」「アメリカ開拓の歴史」「今は失われたパプアニューギニアの言語の記録」など史実性の高い文献も見受けられる。私は最後の言語に関する本が気になって、それを読んでみることにした。私たちは通貨の形で代金を支払うための物を所持しない。ジャンルごとに購入できる回数が決まっている。つまりは通貨を所持する権利でさえ認められていないということであり、本当に私が物品化されたように感じる。


ノックがされる。こんな時間に珍しいと思いながらトビラを開けるとそこには寝巻きの姿の一之瀬舞が立っていた。


「どうしたの?」


一之瀬舞は決心した様子だ。何を決心したのかは私にはわからないはずだが、それを説明することは可能だ。彼女の尋常ではない感情の立場から見ればだ。女の子どうしで一線を踏み越えてしまうこと、それは友人としての立場を失う可能性を秘めている。しかし彼女のことを友人としてしかこれまで見てこなかった佐原凛、つまり私は彼女の訪問の意図を理解することはできない。それ故に彼女の次の行動にパニックを起こす。


一之瀬舞は意図を悟らせないための表情をしていた。そして実際に私は意図を察することはできない。私は。私は。彼女は私に抱きついてそのままベッドに倒れ込んだ。彼女を上にして私はベッドに寝転がる。再三それについて述べるが、私は現状について何も把握できていない。これまで読んでいた小説に没入していたから、その急な展開についていけていないのだ。


「舞ちゃん…どうしたの?」


彼女はそれを決心した表情で感情を表に出さない。沈黙を保ち私の体に覆いかぶさることに専念している。舞ちゃんが着ていたのはもこもこのパジャマだったから、あったかく綿に包まれているようだ。良い香りと触れ合う感覚。これは2人の友人関係の中でもかつてない状況だ。気持ちいい。私はそう漠然と感じた。つまりこれは何かの表現なのだ。と察した時には一之瀬舞のタガが外れていた。


彼女は夕陽の前の再現的行為として唇にもう一度触れる。どうやら唇意外にも体の数カ所に手が伸びているようだが、その手は感情的に震えている。私は何も考えることができず、状況をただただ精神の上では静観し、肉体の上では突然の友人の来訪を受け入れる少女として機能していた。キスは再現的行為だったが、その内容は前回と大きく異なっていた。それがディープキスと呼ばれるようなことであることを私は知らない。唇の奥に彼女の舌が入り込み、もっとも専属的な自分の肉体を自分ではない存在で蹂躙した。粘りっこくまとわりつく唾液は両者の間で何回も交換された。それは興奮のきっかけとして役割を果たし、両者の行為が本格的に情事に移り変わることを示していた。しかしこれ以降の描写は秘されることになるだろう。過度な行為は検閲され、有料放送にかけられることとなる。


一之瀬舞はその必要とされていた過程を踏み、誰にでもないのにそれを宣言した。これが必要なことだ。カメラに──それは私たちに見えないようにされているが、向かってある一文を述べる。


「好きだったの…」




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