第3話 散述

その日は平凡なスケジュールだった。キス以降は何も特異なイベントが起こる様子もなく、標準的な生活をいつものように繰り返した。寮には共通の居間があって、食事やその後の団欒はそこで行われる。舞ちゃんはいつものように食事の席に座っていたが、自分の分を食べ終わるとおかわりもせずに自室に戻っていったのだった。一言も私と話すことはなく、そして誰にも自分の感情を説明することもなかった。私も彼女と同様に誰とも話さなかったが、それは私にとっては普通のことだった。あまりにも沈黙が続いたので藤原姉妹が気を遣って喋り始める。この姉妹というものは、互いのことを何もかもわかっているというテレパシーの持ち主であり、いわゆる双子のキャラだった。彼女らは場を埋めるようにくだらない話──例えばヴァイキングの船乗りがいかにして技術を身につけたか、やニューヨークの料理文化はどのようなものであるかなどをした。結局のところ私はその会話のいずれも心に響かせることはなく、好物の柴漬けを山盛りにして…何かを忘れようとして暴食した。


「凛、何かあったの?」


四街道先輩が私に聞いた。四街道先輩は私よりも一個年上の高校の生徒だ。恵まれたスタイルと能力で誰しもの憧れ…という設定。かくいう私も彼女に憧れていた。だけどそれは寮の外に向けたアプローチで、実際はだらしなく寮の中では下着姿でうろちょろすることが私達の目を驚かせた。彼女がそういうことを質問するのは珍しい。基本的に揉め事に無関心だから。


「いや…私は別にそういうことはありません。」

「嘘をつかないで。年長者の目からしてみたらそういうのははっきりとわかるのよ。」


彼女は冗談めかしてそれを言った。


「一之瀬さんと喧嘩でもした?」


まさかそれが真に迫ったセリフということは思うまい。間違いがあるとすればそれと真逆のことが今日行われていたということだが。それは「キス」と「恋愛」という要素を持って複雑に絡み合っていた。


「はい。」


皆はそれまでバラバラの事を話していた。藤原恋は藤原愛の年下であるのにも関わらず自分が姉であると主張していたり、島内にもしかしたらカフェが開かれるかもしれないと三谷先輩は話していた。各々が好きなように話し、好きなように夕食を楽しんでいた。それらが私のたった一つのセリフ、「はい。」だけで沈黙に変わった。


「まってまってあんたらが喧嘩?」と四街道先輩。

「びっくりした。」「ねー」と藤原姉妹。

「何をしたんですか?」と三谷先輩。


「いや、はい、とは言いましたがその実この事態はそれと真逆のことで…」


私はそのことについてもう話してしまいたいと思っている。あらいざい話して楽になりたい。


「喧嘩の真逆って何よ?」

「喧嘩の真逆というのはつまり仲良しということでは?」

「あーつまり?」

「舞ちゃんとさーちゃんは仲良くなったの!」「ねー」

「仲良くなったって…」

「恋愛沙汰?」「寮の友人で?」「ねー」


「最初はまったくそのつもりはなかったんです。私がいなくなって舞ちゃんに心配させた。それはとてもとても。だから多分私が悪いんです。そしたら、彼女は私に………」


そこまでいうと四街道先輩はだいたい察して


「なるほど。わかったからまず落ち着こうか?藤原姉妹もこの話をなるべくからかわないように。」

「別にからかわないよ?」「ねー」

「まあ、2人の問題なんだし2人で解決してもらうのがいいだろ。とりあえず謝っときな、それが1番だ。」


そんなことで夕食が終わりありがたい先輩の言葉を胸に舞ちゃんと話そうと決心する。舞ちゃんの部屋は自室のとなりにあった。



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