B-side
退院後、不便でストレスのたまる車椅子生活を送っている桔平のもとに、葉山から電話がかかってきた。退院祝いに食事でもどうだ、というのだ。遠出が困難であることを伝えると、それなら桔平の家の近くまで行くと返事が返ってきた。
最寄りのカフェで、久しぶりの再会。骨折から回復し、葉山は元気そうだった。
「どうや気分は? 病院から出たら、開放感あるやろ」
「そうでもねえよ。こんな両足じゃ、小便するのすら一苦労だ。まったく、バリアフリー社会はどこに行ったんだ」
「まあその辺は諦めや。地球がデコボコしてる限り、障壁は消えへんよ」
定食を食べながら、桔平は葉山と雑談を交わした。空気が変わったのは、食後のコーヒーが出された直後だった。店員がテーブルを離れると、葉山は少しためらいがちに話を切り出した。
「なあ、桔平。今の人生に満足してるか?」
「なんだよいきなり。そりゃ、ぶっちゃけ不満しかねえよ。彼女はできないし、金は貯まらないし。おまけに両足骨折だぜ? どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだ」
「入院費も払えてないんやろ?」
「あったりまえだ。この足でどうやって金を稼げばいいんだ」
「方法ならあるで」
葉山はにやりとほくそ笑み、コーヒーを一口飲んだ。カップがソーサーに置かれ、カチャンと音が鳴る。
「ただし、危険な仕事やけどな」
「なんだ? 病院の被検体にでもなるのか?」
「ちがうちがう。もっとアクティブで思い切ったビジネスや」
葉山は声をひそめて、桔平に囁いた。
「ずばり、誘拐や」
「誘拐?」桔平は訝しげに葉山を見た。
「お前、酔ってんのか? カフェインはアルコールじゃねえぞ」
「俺はシラフやで。まあ聞きーや。【エクスチェンジ】を使った、完璧な犯罪計画を思いついてん。名づけて『人格誘拐』や」
葉山の計画の骨子は、次のようなものだった。まず、葉山が【エンパス】の力を用いて、超能力を使える子供を探し出す。【エクスチェンジ】の対象が超能力者に限られるためだ。標的が見つかったら、桔平の出番。子供の人格を誘拐し、家族に身代金を要求する。
「待て待て、その計画は無茶苦茶だ」桔平は葉山の話を遮った。「子供と人格を入れ替えるところまではいい。問題は、俺の肉体だよ。中に子供の人格が入るんだぜ? 俺の姿で家に帰られたらおしまいだろ」
「俺がおるやんか。言っとくけど、今の桔平を抑えこむぐらい楽勝やで。両足骨折してんの忘れたんか? 桔平の肉体に子供の人格を閉じこめて、どこか遠くへ連れ去るんや。子供の体ごと攫ったら色々面倒やけど、車椅子の怪我人なら逃げる心配ないしな」
「他にもある。子供の人格を奪われたぐらいで、身代金を払う馬鹿はいねえよ。子供の命がかかってるから、親は犯人の要求に従うんだ」
「それについては考えがある。俺の友人に
「まあ、それなら支払うかもしれねえけど……」
桔平が曖昧な態度をとると、葉山は身を乗り出して熱弁した。
「このままでええんか? 負け組のまま一生終えて、後悔せーへんか? 成功は自分から掴みに行くもんや。恋愛と同じで、待ってるだけじゃあかんねん」
最初は渋っていた桔平も、話を聞いているうちにだんだんと乗り気になってきた。
今の自分には失うものがない。それなら一か八かの賭けに出るべきだ。どうせ両足が治るまで、まともな生活は送れないのだし。
桔平は誘拐計画に参加することを決めた。
「よっしゃ。そうと決まれば、即行動や。渡辺に連絡して、計画を相談するわ」
数日後、桔平の自宅で会合が開かれた。そこで桔平は渡辺という人物に初めて会った。口数が少なく、葉山に輪をかけて大柄な男だった。
「ターゲットの条件はいくつかある」相変わらず、葉山はよく喋る。「その1、超能力者であること。その2、小学生以下の子供。できれば十才未満がベターや。その3、強力な超能力を持っていないこと。万が一でも抵抗されたら厄介やからな。その4、両親のうち片方が家にいること。共働き世帯は除外する。
一番大事なのは、誘拐したその日のうちに身代金回収までこぎつけることや。警察を呼ばれへんようにするためには、桔平が子供の体を乗っ取って、ターゲットの家に潜りこむ必要がある。相手の家族を見張るためにな。せやけど、桔平かて人間や。夜になったら眠らんとあかん。その隙をついて通報されたら、元も子もない。だから、誘拐は短期決戦。身代金もすぐに用意できる程度の額しか要求せーへん。つまり、薄利多売や」
「おいおい、何回誘拐する気だよ」桔平は苦笑した。「捕まるのは勘弁だぜ」
「たしかに、誘拐は犯人側にとって最もリスクが高い犯罪やと言われてる。統計上、成功率は一%未満らしい。だから普通、誘拐犯は一度の勝負に全てを賭ける。何度も繰り返せるような犯罪やないからな。
けど常識にとらわれたらあかん。これは人格誘拐や。俺らには超能力がある。【エンパス】がある、【エクスチェンジ】がある、【コンフュージョン】がある。大事なんは質やなくて量や。俺らはこれから何人もの子供を誘拐して、コツコツコツコツお金を貯めんねん。心配いらん、安全は保障されとる」
結果的に、桔平たちは四カ月のうちに十二人もの子供を誘拐し、総計三億円の身代金を奪い取ることに成功した。『無一文だった怪我人がいきなり銀行に大金を預けると怪しまれる』という葉山のアドバイスに従い、桔平は山分けした金を自宅で大切に保管した。
車椅子から解放され、松葉杖でもなんとか歩けるようになってくると、桔平は誘拐をそろそろ辞めたいと思うようになった。金は充分貯まったし、余計なリスクは背負いたくない。
その話を葉山に切り出すと、反応は意外にも好感触で。
「そろそろ潮時かもな。桔平の怪我も治ってきたし、これ以上続けると人質の扱いが厄介や。よしっ、次で最後にしよう。ここで欲張ってもしゃーないから、身代金の額は少なめでいこ」
そして今回の誘拐計画。奇遇にも、桔平が住む奈良市内で超能力者の子供が見つかったのだ。いつも通り、桔平は車椅子に乗って、標的の飛永翔太に近づいた。膝の上には茶色いトートバッグ。中には旧式の携帯電話が一台入っている。
道を尋ねるふりをして、人格を入れ替えれば作業完了。子供の肉体を乗っ取ると、桔平は飛永家の方へと歩き始めた。道路にぽつんと残された、体は大人・心は子供の人質は、葉山がスタンガンで気絶させた。渡辺が運転する福祉車両のバックドアを開けてなだらかなスロープを降ろすと、車椅子ごと桔平の肉体を車の中に運び入れた。
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