第10話 『吸い込まれる』

 夜が明ける。

 もうすぐあの龍がねぐらへ帰ってくる。

 朝靄あさもやに沈む静寂の森を嵐のようにみだしながら。

 勢い良く天へけ昇った昨日の夕暮れと同じように。

 ずっと英語だったガイドの男が、来た、と現地の言葉で言った。

 私は思わずファインダーから顔を上げた。


 払暁ふつぎょうの空をおおい尽くした影、影、影。

 耳をろうする羽音はおと甲高かんだかい鳴き声。

 しげみの中でカメラを握ったまま、私は圧倒されて動けなかった。

 まさに黒い龍だ。

 熱帯雨林にぽっかり口を開けた巨大な洞窟の中へ、何百万匹ものコウモリたちが次々と吸い込まれていく。


 どれほどの時がっただろう。コウモリは残らず闇に消え、森に静けさが戻った。

 ほら見ろ、とガイドは笑った。気を付けないと、自分の心まで吸い込まれると言ったぞ。

 私はとうとう一度もシャッターを切れなかったのだ。

 もちろんその場でリベンジを誓った。きっとまた訪ねよう。ここマレーシアの自然遺産、グヌン・ムル国立公園の大洞窟、ディアケイブを。

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『月の文学館』投稿作品集21~30 夕辺歩 @ayumu_yube

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