線香花火よ、消えないで
黄田毅
私の線香花火よ、消えないで
「柳、入るぞ」
「遠江くん、どうしたの?こんな時間に。」
今の時刻は午後8時、蝉の声が静まることを知らない夏の夜。私は彼とのデートの最中に倒れてしまった。そして、病院へと運ばれ、その際の診断ではあまり詳しいことを私には教えてくれず、母と話していた。つまりはそういうことなのだろう。
「ちょっと...な。....大丈夫か?その....病気は。」
「分からない。お医者さんに聞いてみてもはぐらからされちゃった。でも、そういうことなんだと思う...」
「そ、そう...か...」
彼はそのまま俯いたままであった。私のことを思ってこれ以上言わないでいるのか。それとも、ただ、言葉に表せれないのか。
けどどちらでもいい。今こうして彼が来てくれるのがとても嬉しい。
「あ、あのさ!花火しないか!」
さっきまで俯いていた彼がおもむろにそう言い出した。その手にはスーパーなどで売っている花火一式が入っている袋があった。
「え?花火?ここは病院だし、外に出られないんだよ?」
「抜け出そう!明日の夜にまた迎えに行くから!」
彼は私のために色々と考え、行動し、励まそうとしてくれた。けれども、彼には言ったことはないが私は花火というものが嫌いだ。
いや、こういうと語弊がある。正確には花火の一種の『線香花火』が嫌いだ。
線香花火の燃え方には蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊という5段階あり、そのうちの一つである柳という燃え方から私の名前はきている。父が全国的に有名な花火職人で、兄、姉、2人も『松葉』、『蕾』というふうに私と同じように線香花火から名前がもじられている。
それは牡丹のように力強い炎を出すことは出来ず、また、散り菊のような儚さもない、これから終わりを迎えるような奇しくも今の私にピッタリな名だ。
だが、声に出して言うわけにはいかない。彼は私のために頑張って考えてくれたのだ。これを無下にすることは出来ない。
ここは、
「いいね。せっかくのデートもこんなことになっちゃったし、何か一つでも楽しい思い出をこの夏に作りたいし!」
いや、もしかしたらこの夏で最後になるのかもしれない。だから多少の無茶をしても思い出を作ろう。
そして、彼と別れた。今の私の状態が分からない。これはお医者さんが私の心身を気遣ってあえて言わない。そういうのは知っている。
けど、今の私にとってはいつ爆発するか分からない爆弾をさらにどこにあるのかさえ分からない状態だ。
その爆弾はいつ爆発するのだろう。彼との花火の後だろうか?それともその最中?それとも...今?
少なくてもせめて今だけ、今だけはやめてほしい。そう、寝ている間に爆発してしまうかもしれないという不安にかられながらも何とか眠りについた。
朝、目が覚め、医師からの検診を済ませ、見舞いに来てくれた兄、姉、友人、母と話した。
しかし、父は来ない。私自身も来ないだろうと思った。あの人は仕事一筋を体現したような人で仕事が休みでないと家庭のことには目を向けようとはしたことがなかった。
だが、その一意専心のおかげで父は花火職人として成功している。けれど、やはり、心のどこかでは父に来て欲しい自分がいる。
父はぶっきらぼうで常にしかめっ面をしているような面相だが、小学校の運動会など行事には大抵来てくれて今回も来てくれるのでは?と期待していたが、日が沈む頃でさえも父は来てくれなかった。
そして夜、遠江くんは窓を叩き、私に合図をした。幸いにも、私一人の個室であったため、周りを気にすることも無く、病室から抜け出した。
病院の近くには小さな公園があり、そこですることとなっている。
そして彼が袋に入っていた花火を広げ、準備をしていた。
「あれ?昨日、持ってきてた花火とちがう?」
「ん?あぁ、ちょっとな。やっぱり少し高いやつの方がいいかと思って買い直したんだ。」
「えー?別にそこまでしなくても良かったのに。」
「いいの、俺がそうしたいだけだったんだから。ほら、始めるぞ。」
そういうと彼はロウソクに火をつけ、風で消えないように風避けを囲っていた。
正直に言うととても楽しかった。色とりどりの花火はとても美しく、その名の通りに夜に力強く咲く花のようであった。しかし、その花は一気に咲くのと引き換えに散るのも一瞬であった。
散ったあとは虚しい『ただの燃えカス』。楽しいのに何故かマイナスな面が強く出てしまう。
そして、ついにこれが出てきてしまった。私がいちばん嫌いなもの。『線香花火』だ。
一般的に線香花火は
「よーし!どちらが長く花火を続けられるか競走しようぜ!」
「え?あ、あぁうん。」
とりあえずはその場の勢いに任せて私もやる。でもやっぱりあまりいい気はしない。火をつけまずは最初の模様、咲く前の段階『蕾』が始まる。次に開花『牡丹』に変わり日の勢いが強くなる。さらに花の最盛期『松葉』を迎え、小さくも強い光を生み出した。
そして.....衰退期である『柳』に入った。あとは言葉にするなら『残滓』というのがふさわしい『散り菊』という段階があるのだが、あろうことか私の火は『柳』で消えてしまった。
なんと縁起が悪いことだろうか。これに動揺した彼の火も消えてしまった。これで動揺するということは私の名前の由来を彼は知っているのだろう。
「柳...」
「大丈夫だよ!ただ、私の花火が消えただけで、その....私とは関係はないから....」
涙が落ちた。特に悲しいという気持ちはないのにとめどなく涙が目からこぼれる。止めたくても止まらない。それを見て彼は私を抱きしめた。
「柳....こっちへ来てくれ。」
そう、彼は私の手を握りある方向へと連れていった。そこは公園の端。ある方面の空を見るようにと言われ、そこを見ていると.....
静まり返った空間に轟く爆発音とともに闇夜の大空に1輪の大きな花が咲いた。その後に続き赤、青、緑、白といった色とりどりの花が次々と咲き誇っていった。こんな時間に花火をやるという知らせを聞いたことがない。すると、あるひとつの筋を思い浮かんだ。
「もしかして、お父さん.....?」
「頼んだんだ。この日のこの時間に花火をあげて欲しいって、それも特別なやつ。」
「特別なやつ?」
そうしていると大量の花火が上がる音が聞こえ、それから少しした後に、夜空には今までに見た事のない壮大な花束が夜空に咲いていた。
そしてその真ん中にはそれらを背景とするとても大きく、綺麗で、力強い、
枝垂れ柳がそこにはあった。他の花たちを退け、我が主役とばかりに強調する柳がそこにあった。
それを見た私はまた泣いてしまった。だが、これは悲しみの涙ではない。そう、これは感謝の涙。これ以上のものは出ないと、そう断言できるほどの。
後日、これは大騒ぎになったが、そんなことより朝に再診すると、私の体は異様なほどの回復を遂げていたそうで後日、手術により私の病気は治った。
そして、私は彼と結婚し、子供もでき、とても素晴らしい日々を過ごした。
あの時、私の火は消えてしまったけど、それ以上のものを私の心に残ったのだ。。
線香花火よ、消えないで 黄田毅 @kida100
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