檻の中の手当て

 固い床の上で目が覚める。身を捩ると体の痛みが少し薄れているような気がした。

 

「起きたか…アイト」


 黒色の髪先が俺の口元をくすぐる。

 誰だ?…暗闇の中目を凝らす。

 見えたのは、真っ黒な軍帽の中に除く、美しい蜜柑色の瞳。

 

「ゆ、ユイシャ!?な、なんでここに!?まさか寝首を搔きに!?」


 立ち上がろうとするが、頭をやんわり押さえつけられる。

 

「まあ、待て…。もう少し私の膝の上でゆっくりしていけ」

「わぷ…」


 柔らかい感触、ふわりと鼻腔をくすぐる柑橘の香りに少しドキドキとしてしまう。

 

「どうだ?私の膝枕は?」

「ふ、ふん…敵国の騎士にこんなことをして、とんだあばずれじゃねーか…」

「何を言っている?帝国最高級の未使用枕だ。光栄に思ってくれ」

「そ、そうかよ。ま、もらえるもんならありがたく使わせてもらう」

「ふふふ…そうだ。大事に使ってくれ…」


 再び訪れる静寂。

 ユイシャは微笑を浮かべ、俺の傷口に両手を当てる。彼女の指先が僅かに光り小さな傷跡たちが修復していく。

 

「痛くは無いか?」

「ああ、全く…」

「そうか、良かった」


 優し気な口調のまま一つずつ、一つずつ、丁寧に傷を治していく。

 俺はそれを黙って享受していくのみ。

 腹の傷が滑って治ったところだろうか、俺から口を開く。

 

「なんで傷治してんだよ」

「いずれ分かる。そうしなければならないからだ」

「教えてくれねーのかよ…」

「そうだ、女には秘密が多いものだ…なんてな、ふふ」


 冗談めかして微笑む彼女は綺麗だった。純粋無垢な笑い。俺は照れ隠しのように言葉を返す。

 

「お前らの姫様は大丈夫だったのかよ?泣いてこっから出てったけど…」

「ルナ様はあれでいて聡明で健気だ。心配せずともいい」

「本当かよ?馬鹿にしているように見えたが」

「本当だ、そうじゃなきゃ忠誠など誓うものか」

「そうか…それならいいんだが」

「心配するぐらいならお前もルナ様に仕えれば良いだろう?」

「それとこれとは話が別だ。二君を持つ騎士など言語道断、ユイシャも騎士なら分かるだろ?」

「私に命をくれたという割にはわがままだな…」


 ユイシャは説得をすぐにやめ、残念そうに眼を伏せた。彼女も上に仕える騎士の矜持を持ち合わせているようだった。

 

「俺からあと一つ聞きたいことがあるんだが良いか?」

「私が答えられる範囲ならな」

「大丈夫だ、ユイシャしか答えられないことだ。姫様の事…第一皇女イデア・ミーゼル様のことだ。本当に逃がしてくれたのか?」


 俺にとっては最も大事な事。答えによっては…と、体に力を入れる。しかし、ユイシャに軽く諫められてしまう。

 

「そんな殺気を出さないでくれ。ゾクゾクしてしまうだろ?大丈夫だ、約束は守る。師団長クラウシアと合流し城に戻った」

「本当か…?」

「ああ、嘘ならお前に命を返さなきゃならない」

「それだけじゃない、嘘なら俺の命だけじゃなくて、お前の命ももらわないと釣りが合わないだろ」

「……」

「……」


 ユイシャの目を見つめる。彼女も真摯に目を逸らさず真実だと訴えかけてくる。どうやら、本当の事の様だ。そうか、姫様とクラウシアがな…本当に良かった。

 

「ユイシャって変わった奴だな」

「なに…それだけお前の命が欲しかったてことだ、特別変な事はないだろう」

「いーや、特別変な騎士だ。特別正義心が満ち溢れてるやつだ。姫様を助けてくれてありがとな」

「な、馬鹿なことを言うな。私は敵国の騎士だぞ…」


 暗がりで良く見えないが、彼女の頬は僅かに紅潮しているように見えた。

 しかし、彼女が俺の左胸…心臓のあたりに手を触れた時に驚いたような顔に変わる。

 

「あ、え…これ!?」

「なんだよ…」

「アイト…おまえ、まさか……いや、聞くのは野暮というものか…」


 迷ったような顔をするユイシャ…何を考えているのか?予測は簡単につく。魔術を使うものならば心臓に触れれば否が応でも分かる。

 俺としても特に隠す事では無い。俺の方から話題を振ってやる。

 

「俺の魔法力の事か?」


 ユイシャがしまったというような顔をした。

 

「少ないだろ?俺の魔法力、他の人と比べても少ない。普通の魔法が使える人ってレベルだ」

「あ、いや…すまない。そういうわけじゃないんだが…」

「気にしなくていい、皇国じゃ有名な話だ。俺の魔法力が下から数えた方が良いレベルだってことは」


 申し訳なさそうな顔をする彼女。

 それに、と俺は言葉を続ける。

 

「俺の腕見てみろよ、ほっそいだろ?あんまり筋肉もつかない体質だしな。戦闘に向いてないなんて自分でよく分かってる。今更、人にどうこう言われたからって気にするかよ」


「アイトはなぜそれでも、私たちの前に…いや、それこそ愚問か、何でもない忘れてくれ」


 ユイシャは自分自身で納得したように言葉を引っ込めてしまった。それからまた淡々と治療に戻る。

 場は再び静寂に包まれ、二人の息遣いが響くのみ。魔法の光が辺りの暗闇をぼんやりと照らすのみ。

 そんな時間にも終わりは来る。


「これで終わりだ…まだ傷は残っているだろうが他は自然治癒に任せた方が良い。回復魔法依存症になってしまうからな」

「そうか、でもこのことには礼を言わねーぞ」

「構わん、私が好きでしたことだ」

「はは、甘い将軍様だ」

「ふふふ…そうかもな。また来る…」


 そう言って、俺に背を向け牢から出る。俺が襲うとか考えてないのか?

 ユイシャはつかつかと地下牢の廊下を歩いて行く。そして、階段の前で少し立ち止まる。

 しかし、頭を振って待った歩き出した。

 

「ようやく行ったか…」


 口には出してみるものの、思ったよりも心が休まっている自分に気付く。騎士としてのあいつの矜持に共感する部分があったからだろうか。

 そんな折、急に声がかかる。

 

「いやぁ、あんたさん…ユイシャ様と仲がよろしいんだねぇ!?」


 軽薄そうな男の声。お隣さんの声だった。

 

「いやぁ、まさかの熱愛かい!?なんちゃって。まさかあの冷徹将軍様にも春が訪れるなんてねー!!」

「いや、そんな…」

「誤魔化さなくてもいいよ!秘密にしておいてあげるからさぁ!膝枕までしちゃってねー!」

「……」


 終わりそうにないお隣からのからかい。本当に無限に飛んでくる。

 

「ロマンチックだね!独房から始める恋!全帝国が涙した!!とか言っちゃってねー!」

「……」

「ユイシャ様って綺麗だからね!好きになるのも分かるよ!どうやって落としたんだい?聞いてもいいかな?いいよね?」

 

 この追及はこの後2時間くらい続いた。めっちゃうっとおしかった。

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お姫様×女騎士~二人がかりに俺は篭絡される~ しんたろう @sintarou_0306

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