7ページ目 検査
数週間何も書けなかったのは、正直考えをまとめるのに一苦労していたところがある。すごく、地獄のような修羅場を見た。それが起きたのはPCR検査を受けた時なのであるが、なぜ受けたか迄にさかのぼった方がよいだろう。
あれから咳が全然止まらなくて、ただ熱はないものだから喘息であろうと思い始めていた。夜中眠れないしひゅーひゅーしていたので、それとなく調べてみたら喘息らしい気がした。以前自分は喘息にり患したことがあるので、可能性は否定できないと思い病院へ向かい問診などを行っていた。その際に体温などの情報を提出した。そうしたところ病院側からPCR検査を受けた方が良いのではないかと提案されることとなる。僕自身、PCRを受ける必要性を感じなかったのであるが、病院が話をトントンと進めていった。そしてPCRを受けることとなった。しかし、本当のPCRとは少し違うようで、この病院の勧めてきたPCRは45分くらいで結果が出てくるということであった。
「喘息だと思うのですが」
「でも、今のご時世では証明できないので、念のため検査を受けてほしいのです。」
PCR難民が多いと聞くこの時期に、こんなあっさりと受けることになるなんて思わなかったが、こんなにあっさり受けることになってしまった。僕は1万5000円を思うと断りたかったが、一か月分の客観的な資料、病状などが後押ししたらしい。PCR検査は密環境を避けるために外で待つことになる。半径5m近くには何もないが、何もないがゆえに風通しは良いし、日陰で待機となった僕は正直本当に寒くてたまらなかった。薄着で病院へ向かい1時間程度で終わるかなと適当なことを考えていたら、総計3時間以上は外で待つことになったのである。しかも、外というのは他の患者さんに移さない配慮であるため、半分新型ウイルスの患者のような扱いを受ける。若干の嫌な目と自由の制限される生活はしんどいものがある。後は…この5mの空間では人の話は丸聞こえであった。僕が受けたタイミングではおじいさんとおばさんがいた。僕は一番遠くでかつ一番遅い検査の対象であった。
一言で言えば修羅場だった。おじいさんは自分が新型ウイルスに感染していないと信じたいがゆえに看護婦さんに対してかなり怒鳴りつけている。わしは絶対に感染していない。なぜ受けなければならないのだ、と。お爺さんは奥さんであろう方にも怒り心頭であった。高々38.7度でしかないのに、なぜPCRを受けなければならないのだといい続けている。個人的にはその体温が続くのであれば受けてほしいくらいだが、自分事になると冷静に離れないのであろう。マスクを外して「わしは違う」と叫ぶと、看護婦さんは「マスクを口元までつけてください」とお願いしている。その情景を見ていると心が苦しくなる。看護婦さんは本当に我々に対して真剣に対応してくれていることもわかった。
おばさんも旦那さんに向かって「なぜわたしが…」と漏らす。旦那さんはおばさんが不安なことを理解していて寄り添っている。その姿はなんだかほほえましく見えて、うらやましさも感じる。ただ、こうした場に「もしかしたら感染しているかもしれない」となったとき、荒れたくなるのであろう。おばさんはヒステリックな声を上げて「入院だけは絶対したくない」と言い始める。おばさんも不安になりマスクをとる。旦那さんが「マスクをつけよう」と諭すと、「マスクは息が吸いにくい」と言ってからマスクを口までは持っていく。ただ、表情はどこか固い。皆が皆、感染しているかもしれない自分に対しての恐怖で打ちひしがれている状態であった。
僕はずっと「もし陽性だったら誰かに移しているのかもしれない。それが申し訳ない」と青ざめていた。ただ、他の方を見ていると「自分がコロナだったら死ぬかもしれない」と恐怖している。これは年齢の問題ももちろんある。なぜなら、僕は若いから死ぬ可能性は低いし、誰かに移して殺す可能性の方が高いのだ。だが、歳をとってしまうと死ぬ可能性が高くなり、死ぬ恐怖が頭をよぎるのであろう。
検査自体は死ぬほど痛かったし、すごく恥ずかしくなるし、なぜ1時間20分で結果が出たのかわからない。理論値では40分で出ますといわれていたが、それから50分近く待つことになった。ちなみに僕は検査の結果陰性であったが、結果を言われたときに「やはりそうであるか」と思うだけで感慨もなかった。おじいさんは陰性であったらしく、陰性が出た後に看護婦さんへの態度がガラッと変わっていた。そしておばあさんから「よかったわね、胃の炎症で」といわれていて、胃の炎症は良くないのでは?と僕は思うけれど、新型ウイルスに感染していないから良かった結果らしい。
請求書には1万5000円と書かれていて喘息の診察だけならもっとお金はかからなかったのにと心は涙に暮れていた。
それから検査を続けていった結果、無事に喘息だった。無事ではないが。そして、現在は喘息の薬を飲み、吸引を行って回復傾向にある。なんだ、僕の不安は喘息だったのかと安堵したが、今の時期に喘息であるのは結構勘違いをされやすいので本当に苦しいものがある。例えば、道をふさぎながら歩いている集団の近くでせき込めば、モーゼの十戒のごとく真ん中でぱっくりと分かれてくれる(最初から道はふさがないでほしいものであるが)。せき込めば道端でおじさんから舌打ちされる。病原菌を見る目で見られる。こういった状態であると「ああ、自分も無意識でこれを行いかねないから、差別とは無自覚のうちに起きる現象なのだろう」と自戒の念が生まれた。
そして、こうした経験は話すことも難しい。なぜなら今のネットでは自警団が多いものであるから、陰性の人間がみんなが受けたくてたまらないPCRを受けたといえば「他の人間に受けさせろ」と言いかねないだろう。正直僕はそれが怖い。
2年戦争 @achi1025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。2年戦争の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます