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運よくたまたま生きながらえている。明日は見えないが、とりあえず現状のことを記しておこう。こちらが本当に新型ウイルスのものではない可能性も高いが、一応状況と、現在の世界のことを記す。
まずは全体的なことを書いておく。2020年4月8日、今日は非常事態宣言が発動した日。昨日、安倍総理が非常事態宣言をだした。これは歴史的な出来事になるだろう。一般人の僕はこうした歴史的な瞬間に立ち会えることに対して、実は不謹慎ながら少しだけ興奮しているところがある。この宣言自体は新聞を読んでいると小池百合子都知事の圧により実現したとの説が出ている。そうであるならば小池知事に対して多大なる感謝を述べようと思える。
ただ、そう思ったのもつかの間、記事をいろいろと見ている限り東京への通勤をしている方はいまだにたくさん存在しているようだ。今、このご時世でいまだに出勤を命令する企業は社員を守ることができないのか、それとも本当にインフラ企業で止められないのか。インフラ企業の社員だけが出勤しているのであれば、報道の写真のように大量の社会人がこぞって出勤している写真を拝むなどありえないと思う。インフラ企業はそれほど多いわけではないだろう。社員を大切にできないブラック企業が経営者のご意向で社員を出勤させているのであろうか。そうであるならばこの機会につぶれてくれればいいのにと思わずにはいられない。
そして個人的な本題であるが、体調は少しだけ回復した。ただ、これは一番のピークのころと比べての話であるからそれほど良い状態ではない。風邪薬が切れると途端に呼吸をすることが困難になってくる生活を繰り広げている。これで新型ウイルスではないといわれているから、耐え忍ぶように言われているし耐え忍んでいる。けれど、実際新型ウイルスに感染していないことが事実であるのかと疑問が尽きない。正直言えばここ数日肺が余りにも機能を停止しているようで、呼吸をすること自体が難しくなりつつある。そして、痛みの広がる速度もがどんどんと加速していくし、自分が感染者だったらどうしようと恐怖と罪悪感で地獄を見ている。
この日記を書いている現在は少しだけ落ち着いている。ただ、落ち着くタイミングでは体温が急上昇していて、37度になることが何度もある。僕の平熱は35度台だから本当に高熱なのであるが、普通の人からすれば微熱である。ただ、微熱を出しているときは肺の苦しさがかなり軽減されていて、息も吸うのがすごく楽だ。ただ、左手がしびれているような感覚にもなる。季節風邪になったというのは本当なのではないだろうかと現在の自分の体調だと思うところが多い。苦しすぎるときの苦しさがのど元を過ぎると正直基本的には楽なのである。
正直、得も言われぬ恐怖と言い難い絶望感。
風邪薬が効き始めると息をするのが(平時と比べるとそれでも全然できていないのであるが)とても楽で、風邪薬を手放すことができない生活を繰り広げていた。ただ、風邪薬に生かされている生活が果たして健康体であるかといわれるとそうではないため、上司に対して以前休んだほど体調は崩れていないので万全の体調になりましたと報告することもできない。新型ウイルスの感染条件に満たしていないので、自分はその患者ではないと思いつつも、どこかで「もしこれが洩れているだけで新型ウイルスの感染者であったら、ほかの人に移すことになってしまう」と生きるだけで罪悪感を抱えながら過ごす毎日を繰り返す。夜になると咳がひどくなるため、あまり軽々しく治ったといいにくいのである。
僕は僕が苦しいこと自体は仕方がないのであろうと思う。しかし、これが仮にコロナウイルスの患者だったとして、他の方に移している可能性があるだろう。それが怖いのである。僕は食料を買いに行く以外の外出を行うことをしないようにしている。しかし、もしこれがコロナウイルスの感染者だったら、この外出すらも問題になる場合だってあるはずだ。僕の外出が僕だけの問題じゃなくなることになるのであれば、僕はどうやって過ごせばいいんだろうか。運送業の方が対面せずに荷物を運ぶ流れにしてきていて今は本当に助かるのであるが、これがなかったらどうなっていただろう。今は在宅勤務で誰とも会わない生活をしているけど、こうしてどんどんと病気になっている恐怖に伴う孤独と、誰とも会話できない孤独が重なり、不安が増大していることがわかる。一人でこの状況を乗り越えるのは、少々壁が大きいようにも感じるけれど、一人だから誰にも迷惑をかけないようにできるかもしれない…いや、一人でも人には迷惑をかけるんだけどさ。
肺の痛みは薬で緩和されるから、薬に依存する生活を初めて三日たったが一向に薬切れの時の自分の肺は平常時のような快適さを取り戻せていない。薬が切れるたびに生きることに対しての光を見出すことができず、不安を抱えながら毎日を過ごすしかない。もちろん思い込みの可能性は高いけど、思い込みにしては全身が痛いし、思い込みで肺を壊すなんてあるのだろうか。不安を何とかしたいけど、なんとかできるのは時間だけなのかもしれない。誰かにこの症状を移したら申し訳ない気持ちでいっぱいである。
正直、最近は薬に頼ることでようやく人になっている。薬が効いているタイミングで仕事をこなしているので、仕事中は定時までならきちんとこなせるまでは回復した(ただ、終了してから10分も経たないうちから咳をし始め、肺が痛い)。熱は薬の影響か、平熱の35度台になることが多くなった。肺が楽になったとき36.3とかで、呼吸が苦しいと35度台。まさか、自分の喘息を持っているといわれていたこの肺は平常時の時の呼吸がすごく快適だったなんてこんなタイミングで気づくとは思わなかった。愚かだよな。
今もまだ東京は通勤をしているらしい。満員列車でせき込む人が多いらしい。こんな状況で、まだ誰かが通勤しなくてもいい人や通勤しなければならない人が危険にさらされながら通勤している。はっきりとクレイジーだ。インフラの保守の人たちは仕方がない。彼らのおかげで生きることができている。だけど、ブラック企業の経営者で自分の無能を社員に押し付ける会社の人もいるかと思うと、どうしても浮かばれない。いつか東京に通勤している人たちで東京がオーバーシュートしなければよいのだけれど。
同日 午後
「自宅待機は果たしてどの歴史から学ぶことができるだろうか」
ふとそんなことを考えた。その時にみつけたのはアンネの日記であった。偏見であるが、ナチスドイツから逃れるために自宅待機(正しくは隠れていた)のであるから、状況は異なるがなにか一つでも学ぶことができるのではないかと考えた。
僕は……に住んでいるのであるが、どうやら……は非常事態宣言の中の一つの都市であるから、引きこもる状況となっている。さて、それは置いておこう。なぜこれに触れたかといえば、簡単に申せばAmazonの発送が昨日までは1日で届くようになっていたのだけど、今日からは届くまでに1週間近くかかるようになっている。アンネの日記は現状娯楽の一種に混ざる可能性が否定できないため、物理本は諦めてkindleで電子書籍を購入することに決めた。(読んでから感想を書く)
…感想を述べると、アンネの日記は想像を絶するものである。そして、アンネは本当によくものを考える子で、豊かな文化背景を持つ両親に囲まれて過ごすことができた人なのだろうと思えた。そして、一番は僕の自宅待機より何倍も大変な生活をしているのに、参考にしようと思っていたのが、正直に上流階級のような思考であったと反省している(なお僕は一般家庭で育った人間であるため上流階級ではない)。当時のユダヤの方は音を立てて生活をするのが隠れていたためできなかったのと、食事もままならないし、明るい生活もできない。窓を開けるなんてもってのほかだし、一番は誰かに殺されることを頭に浮かべながら生活をしているのであった。
僕は一部(それは例えばコロナに殺されることを考えたり、もしくはずっと家にいることを考えると引きこもりライフハックがあるのではないか等)アンネの日記には、何か今の僕のためになることがあると思っていた。しかし、アンネの日記でわかったのは、そういうことを考えた僕の精神の甘さと、第二次世界大戦時の凄惨な状況であった。本当に恐怖をこれほど間近に体験し、そしてモノとして書き記すとは本当に16歳でこれほどまで成熟したものが良くかけたものだと思う。僕は23歳で彼女より7つも年上であるのに、ここまで愚かで、こうして恥ずかしいことをしていたのであるから、本当に学ぶものがたくさんあった。
読んでよかったと心から思う。
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アンネの日記を読む前と読む後では、アンネの日記に対しての印象がガラッと変わった。アンネの日記は教科書で紹介されていたのをスルーしていたけど、この機会に(目的は本当にトチクるっていたが)読んで本当に良かった。戦争…差別はここまでひどいものであるのかと知ることができれば、自分が差別を行う立場に立ってしまった際に何かの考えを改めるものにできるのではないかと考えている。もちろん、被差別側になることは大いにあるだろうけれど、その時は気丈にふるまえるように余裕を持てたらよいのであるが……
窓を開けながらアンネの日記を読んだからか寒くなっているし、夕ご飯を食べることをすっかり忘れていた。僕はまだ配給が来なくなって食べられない等そういった悲しいことにはなっていない。おいしいご飯をきちんと満足いくように食べられている。もし、これから戦争に突入したとして、ご飯が満足できない量しか食べられないようになった時、僕は彼女のように足るを知ることはできるのであろうか。僕は今でさえ足るを知る者は富むと言葉は知っていても、実行することができない愚か者である。まずは自分の行いを改めなければなるまい。難しい。難しい。
外にはバイクのモーター音が響き、まるで暴走族が走っているかのような音が聞こえる。しかし、今は外出は控えるように言われているから、そんなわけないよなと思いつつも聞こえている。ゆるふわな自粛の「お願い」ではルールを破る人は現れるだろうか。暴走族の音が聞こえなくなれば、近所の犬が高らかに吠える声が聞こえ、静寂が訪れた。夜はまだ長い。薬が切れて肺の痛みが激しくなってきたので今日のところはこれまでとする。
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