第12話【閑話】大商人カネン

 大頭カネンはサガイ兵団と共に、遠征軍に合流していた。


 カネンは蛮族軍の幹部から、兵站を運用する役職に任命された。


「サガイのカネン。お前に兵站へいたん)の部隊、任せる」


 兵站とは戦に必要な物資の、補給や連絡など行う任務。

 これまで蛮族軍にはなかった、新設の部隊である。


「ほほう。なるほど兵站ですか? ……まあ、大船に乗った気分で、このワシにお任せください!」


 カネンは快く承諾する。

 蛮族軍で細かい礼節は不要。

 カネンは前と変わらない、調子のいい口調である。


「では、さっそく部隊の編成に行ってきますわ!」


 そう言い残しカネンは、幹部たちのいる家屋ゲルを後にする。


 ◇


「兵站……初めて聞く単語でしたね、カネン様」


 家屋ゲルを出てから、小姓リットンは首を傾げる。

 何故ならこの大陸で、“兵站”という概念はない。

 戦の物資は随伴する荷馬車隊、または本国からの輸送を随時に利用している。


「そうやな、リットン。実はワシも初めて聞く」


 自信満々に承諾したカネンであったが、実は空返事からへんじだった。


 だが商人同士の駆け引きで、“知らぬ”は相手の付け入るスキを与えてしまう。

 だからカネンは自信満々だったのだ。


「だが兵站部隊の概念は、分かるで」


「なるほど。さすがです、カネン様」


 蛮族軍の幹部の指示してきた兵站は、物資の輸送だけが任務ではなかった。


 戦における部隊の移動と支援を計画し、それを実施する特殊な任務だ。

 だがこんな概念の兵法は、カネンですら今まで聞いたことがない。


「だが大遠征には、必要不可欠かもしれん」


 兵站部隊の内容を思いながら、カネンは感心する。

 今この蛮族軍は大陸制覇を掲げで、大遠征を実施していた。


 始まりの地は、彼らの縄張りがある東の大森林。

 東西に横長の大陸は、最終目的地である西までは、かなりの距離がある。


 その横に伸びた補給線を持続するために、兵站という部隊は打ってつけなのだ。


(実に面白い戦の理論や。やはり、この蛮族軍の中に、かなりの“知恵者”がいるのか?)


 カネンは蛮族軍の幹部がいた、先ほどの陣幕内の面々を思い出す。

 屈強な蛮族兵をはじめ、統合した各諸侯の騎士たちもいた。


(いや、やはり、あの中に、この兵站の概念を生み出した“知恵者”はいない……)


 カネンは人を見抜く、特殊な才を持っている。

 

 だが蛮族軍の数々の戦略革命を発案した者、

 その正体だけは、未だに見つからなかった。


(知恵者は……まさにぜにの生る木や)


 カネンは慈善事業や名誉のために、蛮族軍に合流した訳ではない。

 一番の目的は、商人にとっての利益を生み出す、“金の生る木”を見つけるためなのだ。

 

(情報と技術は銭……そして情報と技術は人や)


 カネンが一番注目しているのは、蛮族軍の数々の改革を発案している者の存在。

 その者と交流を深めて、親密になることだ。


 将来てきにはその知恵を、カネンは引き抜きする。

 産業の革命を起こし、技術を独占してしまう。

 そうなればカネンが大陸の経済を、裏で操れる可能性があるのだ。


(“知恵者”……まあ、その内に分かるやろう)


 カネンは特に焦っていなかった。

 今のところは蛮族軍の中枢に、潜り込めただけでも御の字。

 今後については大陸の情勢を見ながら、動いていけばいいのだ。


 ――――そんな時、カネンに近づく女性がいた。


「あら、カネン殿。任命の儀は終わりましたの?」


「おお、これはミリア公女はん」


 カネンに話しかけてきたのは、同僚となったバルカン公国の公女ミリアだ。


「それにしても“自治を大事にする商国サガイのカネン殿”が、蛮族軍に降るとは意外でしたわ」


「いてて……それを言い返されたら、かなわなんなー、ミリアはん」


 先日カネンに言われた皮肉を、ミリアは丸ごと言い返す。

 にこりと微笑んでいるから、悪意はないのであろう。


「まあ、これはバルカン冗談ジョークよ。これからは同僚として、よろしく。カネン」


「こちらこそよろしくです、ミリアはん」


 親子ほどの年の差が二人にはあるが、蛮族軍では細かい階級や礼節は不要。

 それに二人は蛮族軍では、同じ“千人長《せんにんちょう)”という階位で同格。

 言葉使いも以前とは違い、フランクなものとなる。


「そういえばサガイに……このワシに蛮族軍の情報を、ワザと流してきたのは、ミリアはんでしょう?」


「さて、何のこと?……と言っても、バレているみたいね」


 ミリアはカネンの推測を肯定する。

 これから同僚になる仲間に、隠し事は不要だった。

 

「そうですがなー。今思えば、蛮族軍の情報は不自然なほど、バルカン経由で流れてきましたわ」


「ええ、そうね。一か八かの情報操作だったけ、上手くいったみたいね」


 商国サガイとの戦を前に、ミリアはあえて情報を流していた。


 蛮族軍の野戦の強さを誇張して、サイガをわざと籠城戦に仕向けたのだ。

 あと謎の存在である蛮族王が、交渉の場と宴だけに現れることを、ワザとカネンに流したのだ。


「サガイの大頭カネンといえば、食通でも知られていたからね」


 強欲で好奇心が強いカネンが、本人自ら交渉にやって来るように仕向けた。

 宴には見たこともないような料理が出される……ミリアは情報を流していたのだ。


「それは、してやられましたなー。ちなみに、あの“猿滑さるすべりの木”もミリアはんが設置を?」


「まあね。そのお蔭で無益な戦は、回避できでしょ?」


 “猿滑りの木”を伐採して、陣内に置いておいたのはミリアであった。

 蛮族の戦士たちの遊び道具として、使わせたのだ。


 その結果、蛮兵の凄さを目にして、カネンは降伏を選択したのだ。


「いやはや、噂とは違い、バルカンのミリアはんは、策略家だったんですな?」


「いいえ、違うわ。今回のことだけは寝る間を惜しんで、捻(ひね)り出した必殺の策よ。早く宴を開催したかったからね」



 ミリアは必死で、サガイ攻略の策を編み出したと、暴露する。

 戦いの前、彼女は三日三晩寝ずに、部下たちと協議を重ねていたのだ。


「こりゃ、ミリアはんに一本取られましたな。次も頼みますわ!」


「でも、次の相手はフラン王国ね? あそこは小さい国だから、手間取ることはないと思うけど」


 蛮族軍が次に攻め込むのはフラン王国。

 歴史はあるが、何の特産もない小国。


 バルカン公国や商国サガイに比べたら、屈強な蛮族軍の相手ではない。


「ですが、ミリアはん。噂ではフラン王国は、“死神しにがみ”を雇っているらしいですわ」


「な、何ですって⁉ あの“死神”を⁉ ふう……まさか」


 まさかの傭兵の名が、カネンの口から出てきた。

 余裕を持っていたミリアは、息を吐き出し、気を引き締める。


「死神と、率いる“鮮血傭兵団”か……これはまずいわね」


 “鮮血傭兵団”は有名な傭兵集団である。

 特に“死神”と呼ばれる団長は、大陸でも五本の指に入る剣豪と名高い。


「まあ、ミリアはん。それに関して、今回はワシに一計があります」


 カネンは自信満々に笑いながら、周囲に生えている“猿滑りの木”を見つめる。


「それは有り難いわ。さっさと片付けて、また交渉の場を設けないとね」


 ミリアも笑みを浮かべながら、口元を手で隠す。


 数日前に食べた、不思議で美味なる料理。

 お好み焼きとソースの味を思い出していたのだ。


「ところで、ミリアはん。あの黒髪の料理人シェフ……メシ番のサエキはんのことなんですが……」


「サエキなら、もう出かけていないわ」


 新参者であるカネンの問いに、ミリアは答える。

 あのサエキという青年は、いつも所在は不明。


 戦の一歩先の土地の食材を探しに出かけ、姿をくらましていると説明する。


「この私でも、まだプライベートのサエキには会えていないわ」


「なんやて⁉」


 カネンは思わずサガイ弁で叫ぶ。

 この大商人はどうしても料理人サエキと接触して、あの料理の秘密を解明したいのだ。


「どうりで……ワシの部下も無駄足だったですわ」


 実はカネンもお抱えの工作部隊を使い、極秘裏にサエキの素性を調査していた。

 

 だが一向に有益な情報は、得らえなかった。

 プロの工作員でも、あの青年の尾行に失敗してしまうのだ。


「それにしても、カネン。この間の“おこのみやき”は美味しかったわね……」


「そうですな、ミリアはん。あの“おこのみやきソース”は絶品や……あれだけで銭は儲かります」


「ちなみに私の食べた“はんばーぐ”も最高だったわ」


「なんやて⁉ ……くっ、ミリアはんに嫉妬ですな!」


 黒髪の青年は、蛮族王の専任の料理人でメシ番。

 確実に次に会えるのは、次のフラン王国をくだす直前しかないのだ。


「カネンには悪いけど、次の戦いも、バルカン騎士団が手柄をもらうわ」


「ワシらサガイ兵団も負けてられへん!」


 この遠征軍の中で、彼ら合流兵は競い合っていた。


『遠征軍への軍役の義務。戦の手柄に身分の差はない。平等に恩賞を与える』という軍規に従い。


 祖国に残してきた者のために、戦っていた。

 同僚でありながら、最大のライバルなのだ。


「次の料理は、何やろう……」


「そうね。楽しみね……」


 だが、その想いだけは合致していた。


 こうして蛮族軍は新たなる味方カネンを得て、次なる戦いへと突入していくのであった。

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蛮族王の料理番、異世界の戦乱を収めていく ハーーナ殿下 @haanadenka

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