第11話 第9話大商人とサガイ風お好み焼き 〆
(ワシの最期の見せ場や……一世一代の相打ちや!)
策を実行すれば、カネンたちの命はない。
蛮族兵に捕まり処刑は確実。
だが蛮族王と幹部たちを失えば、サガイの街にわずかな希望が残るであろう。
この火計の策はカネンの命を賭けた、最後の大博打であった。
――――そんな決意した時。
「“それ”はやめておけ」
どこからともなくカネンに、声をかけてくる者がいた。
「なっ⁉ お前はんは、さっきの……」
後ろから声をかけてきたのは青年。
先ほどの黒髪の料理人が、いつの間にか背後にいたのだ。
カネンはこの青年の気配に、まったく気づけなかった。
思わず動揺してしまう。
「こいつらに火攻めは効かない」
「な、なっ……!?」
更にカネンは絶句する。
何故この料理人が、自分の計略を知っているのか⁉
側近であるリットンにも言っていない秘策を、一介の料理人が何故知っているのだ⁉
いつものようにカネンの頭は、考えが追いつかない。
「サガイ産の油は良質で、よく燃える。だが匂いが独特だ」
カネンの疑問を見透かしたように、青年は答える。
更に驚く。荷馬車からの匂いだけで、カネンの計略を見抜いていたのだ。
「な、何だと……この距離で……匂いだと……?」
この陣内はひどい臭いが漂っている。
戦士や騎士たちの体臭や、馬糞などの異臭が充満していた。
だが黒髪の料理人は、サガイ産の油だけを、的確に嗅ぎ分けていたのだ。
「あの
絶句しているカネンに向かって、青年は更に説明する。
大森林に生息する野生の獣の“岩牛”は、特殊な表皮を持つ。
防火性と耐久力に優れており、生半可な火責めは通じない。
肉は美味いが、調理が大変だと語る。
「な、何や⁉ それじゃ、ワシの策は全て……」
青年の説明を聞き。カネンは大きく肩を落とす。
自分の用意した全ての策が、通じない蛮族軍。
残酷な事実に茫然自失となる。
「全部お終いや……」
壮年だが勢いと自信は、常に満ち溢れていた大商人カネン。
だが今は全ての策を失い、生きる気力を失い、身体から生気が消えていく。
「ところで、何故……ワシにわざわざ、その忠告を……?」
茫然自失になりながら、カネンは青年に尋ねる。
なぜ自分の相打ち覚悟の火責めを、先ほど止めてくれたのか?
見たところ可燃油のことを、蛮族兵に通報した様子もない。
「さっきも言ったが、サイガ産の油は上質で料理に向く。もったいない」
「“もったいない”……だと?」
“もったいない”
初めて聞く単語だ。
大陸各地の言語や文化に精通した、カネンでも知らない言葉である。
「“物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、
「物の本来のあるべき姿を……」
青年の説明を、カネンは心の中で復唱する。
初めて聞く言葉で。
だが、どこか懐かしく、そして心の奥に優しく響いていく。
「それにあの荷馬車の食材が燃えてしまうのも、もったいない」
カネンが持ち込んだ食材の荷馬車に、青年は目を向ける。
カネンが蛮族王に見せつけようとした、高級品や珍味食材が満載されていた。
「あの食材があれば、先ほどの料理の……“お好み焼きソース”が完成に近づく」
「何やて⁉ あのソースが未完成だったと言うのか!?」
まさかの青年の言葉に、カネンはサガイ弁で叫ぶ。
記憶を失うほど美味かった、あの料理。
“お好み焼き”という料理が、実は未完成だったことに驚愕する。
全ての味の決め手となる褐色のソース。
あの極上の味に、更に上があるのだ。
「サガイはいい街だ。オレのソースと同じで、まだまだ良くなる」
今から数日前、青年は一人でサガイの街を訪れていた、と語る。
そこで出会った人と食材からインスピレーションを受け、今回のお好み焼きの料理を作ったと。
「だがサイガの街が、これからどうなるか。それはお前しだいだ?」
「な、何やて⁉」
「それなら今の
「ああ、もちろんや……サガイは最高の街や……いずれは大陸一の街にしたる!」
青年の言葉を受けて、カネンの目に生気が戻る。
生気を失い、茫然自失だった先ほどから激変。
大商人としての覇気が、みなぎっていく。
「オレの名はサエキだ。楽しみしている、カネン」
そう言い残し、黒髪の青年サエキは立ち去っていく。
「サエキはん……か」
カネンは見えなくなるまで、その背中を見つめていた。
サエキという不思議な……だが、どこか心地良い名前をつぶやきながら。
「カネン様……いががいたしますか?」
そんなカネンに静かに、声をかけてくる者がいた。
二人のやり取りの一部始終を、見守っていた小姓リットンである。
サガイを治める大頭としての選択を、どうするべきかと尋ねていた。
「リットン、サガイに戻るで!」
カネンは静かに口を開く。
これから祖国に戻り、全てのサガイ商人たちを説得すると。
反対していた強硬派の連中も、全て説き伏せてやると。
「でもカネン様……それは……」
それは蛮族軍に全面降伏をすること、意味していた。
大陸でも有数の商国サガイが、自治を放棄すると同義だ。
「放棄とは違う。これは博打や! サガイを大陸一の街にするための、ワシの一世一代の大博打や!」
「大博打……なるほどです、カネン様!」
カネンの言葉に、リットンも何かに気がつく。
この小姓も、大頭に目をかけられた才を持つ者。
サガイの街が蛮族軍に降伏するメリットを、即座に計算したのだ。
「これから、この大陸は面白くなるぞ!」
「はい……そうですね、カネン様!」
この大陸は戦乱が続き、今は破局に向かっている。
だが、この蛮族軍は、何か大きなことを起こしてくれる。
未来への希望に二人は興奮していた。
「ですがカネン様。強硬派の皆さんは、一筋縄ではいきません。どうやって説得しますか?」
商人とは騎士とは違い、名誉や誇りでは動かない。
反対派に対して利を説き、全てのサイガ商人を説得する必要があるのだ。
「なぁ、リットン。あの“おこのみやき”のソース……あれの完成版を味わいたくないか?」
「はい……死んでも食べてみたいです!」
「なら、死ぬ気でワシに付いてこい!」
「はい、カネン様!」
人の三大欲求は睡眠欲、性欲、食欲とされている。
カネンの中では今は最高に“食欲”が高まっていたのだった。
◇
この翌日。
商国サガイは、蛮族軍に完全降伏をする。
どんな大国の圧力にも、屈してこなかった商国サガイ。
その名が歴史から消滅した瞬間であった。
だが即時降伏を選択したサガイは、その後も長い間、自治を認められていく。
そして、これまで以上に繁栄をしていくのであった。
◇
「ほな、リットン。遠征軍へ合流するぞ!」
「でも本当に大頭であるカネン様が長期間、街を離れても大丈夫なのですか……?」
「大丈夫や。この遠征軍はサガイよりも、金の匂いがするからな!」
……『降伏をした国は、大森林遠征軍への軍役の義務が生じる』
商国サガイの代表であるカネンは、自ら名乗りをあげて蛮族軍の大遠征に加わる。
その後ろにはサガイの誇る兵団もいた。
(あの“おこのみやきソース”……あれは銭なる! 絶対にレシピを盗んでやる!)
忘れられないお好み焼きソースの味。
あの感動を求めて、大商人は未知なる挑戦の道を選んだのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます