第10話 大商人とサガイ風お好み焼き その5


 蛮族王との宴は終わった。

 商国サガイの代表してきたカネンは、肩を落とし家屋ゲルを後にする。


「カネン様、申し訳ありませんでした。私、何もできませんでした……」


「いや、リットン。ワシも同罪や」


 サガイから来た二人は、意気消沈していた。


 何故なら初めて食べる食事に夢中になり、せっかくの好機を逃した。

 自国から持ってきた高級食材を、蛮族共に見せつけることができなかったのだ。


「カネン様、これらどうしましょう……?」


 小姓リットンは茫然としていた。

 蛮族軍からの降伏勧告へ返事の期限は、明日の夕方まで。


 サガイとしての対応を、早く決めなければいけない。

 全面降伏か、それとも徹底抗戦か。

 その二つの選択しかないのだ。


「いや。勝負はこれからや、リットン!」


 だがカネンは希望を捨てていなかった。

 サイガ軍は無傷のまま街に、籠城している。

 いくら蛮族軍が圧倒的な武を持っていても、攻略には時間がかかるはずである。


「籠城戦は十倍の兵力差が必要や。そのまま持久戦に持ち込んで、周辺諸国の援軍に根回しをしていくんや、リットン!」


「なるほど。さすがです、カネン様!」


 この陣内を見たところ、蛮族軍には攻城兵器がない。

 対するサイガは街の周囲を、堅牢な城壁に囲まれた城塞都市。


 持久戦に持ち込めば、十分に勝算はあった。


ぜにを使えば、援軍は沢山来る。戦とは銭と頭の勝負や!」


 カネンは自信満々の笑みを浮べる。

 この大商人は戦術家としても優れた才を持っており、先を見通していたのだ。


「えっ⁉ カ、カネン様……あ、あれをご覧下さい……」


 蛮族の陣の中で、リットンが何かを見つける。

 あまりの驚愕ぶりに言葉が失っていた。


「ん? どうした、リットン?」


 何事かと思い、カネンも視線を向ける。


「な、何や……アレは⁉ ワシらは幻でも、見ているのか⁉」


 視線を向けたカネンも絶句。

 目を見開きその光景に驚愕する。


「カ、カネン様……あれは“猿滑さるすべりの木”……ですよね?」


「ああ、間違いない。“猿滑りの木”や……」


 蛮族の戦士たちは木登りをしていた。

“猿滑りの木”はサイガ地方独特の樹木だ。


 だが二人が驚くのは、そのことではない。


「カ、カネン様……これは……」


「ああ、これは大変や……リットン」


 “猿滑りの木”は普通の樹木ではない。

 その名の通り表面が、極度に滑る樹木。

 特殊な道具を使ったサイガの熟練の木こりでも、手を焼く代物である。


「素手であの木を登る人を、始めてみました、私は……」


「ワシもや、リットン。しかも武具を装備したまま、遊んで登っておるぞ、アイツ等は……」


 蛮族の戦士たちは何の道具も使わず、遊び感覚で木登りを楽しんでいた。

 誰が一番早く登れるかを、競争している。

 その機敏な動きは、もはや人を超えていた。


「これは、まずいぞ……サイガの城壁は丸裸状態や……」

 

 カネンは頭をフル回転させて計算する。

 “猿滑りの木”に比べて、石造りの城壁の表面には凹凸(おうとつ)がある。

 両者の昇り難さの差は歴然。


「そうか……この蛮族軍には攻城兵器が無いんじゃない。必要ないんや!」


 カネンは気がつく。

 蛮族軍が快進撃を続けてきた理由を。


 彼らに蛮兵にとって、城壁は意味を成さない。

 つまり平地の戦の概念と戦術が、まったく通じない規格外の相手なのだ。


「もしも戦をしたらサイガの街は、持ちこたえて十日……いや、五日が限界や」


 戦術家でもあるカネンには、その光景が見えていた。

 サガイが徹底抗戦を選んだ、その後の敗北の未来が。


 堅牢であるはずのサイガの街は、短期間で攻略されてしまうであろう。

 一人一人が屈強な戦士であり、身軽な隠密衆でもある蛮族軍に、あのように強襲を受けてしまうのだ。


 まさかの状況に、カネンたちは呆然としてしまう。


「ふう……こうなったら奥の手や」


 カネンは深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 静かに視線を移す。


 サガイから持ってきた数台の荷馬車が、視線の先にあった。

 名目上は蛮族王への献上の食材だ。


(今なら蛮族王と幹部たちは、まだ家屋ゲルの中にいる。このまま燃やすしか、策はない!)


 カネンは誰にも悟られないように、最後の手段を決意する。


 それは火責めによる計略。

 荷馬車の床下に隠してある大量の可燃油で、火責めの計略を実行するのだ。

 

 簡易式の住居である家屋ゲルは革製で、防ぐことは不可能であろう。


(ワシの最期の見せ場や……一世一代の相打ちや!)


 策を実行すれば、カネンたちの命はない。

 蛮族兵に捕まり処刑は確実。


 だが蛮族王と幹部たちを失えば、サガイの街にわずかな希望が残るであろう。

 この火計の策はカネンの命を賭けた、最後の大博打であった。


 ――――そんな決意した時。


「“それ”はやめておけ」


 どこからともなくカネンに、声をかけてくる者がいた。


「なっ⁉ お前はんは、さっきの……」


 後ろから声をかけてきたのは青年。


 先ほどの黒髪の料理人が背後にいたのだ。

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