リリスは百合である
さて、ここから私たちの仕事を始めましょう。私たちが私たちの役目を果たし終えたとき、百合の批評(それは時に救済となります)になることを願って。
私たちはここから川崎さんの百合論「崇高なる力の百合論 ラカン・レーニン・ヴァイニンガー」を頼りに「リリスは百合である」と結論付けていきます。
遅まきながら、ここで少しスザンヌ・クラクストンの紹介をしておきます。スザンヌ・クラクストンは米国を中心とした大学で哲学を教えています。哲学とダンスを融合させたシャクティ部族のダンスを創作し、女性たちに教えてもいます。空いた時間は、旅行や自然を楽しみ、骨によるメイキングアート(!)を嗜んでいるみたいです。
明言を避けていたわけではありませんが、スザンヌという女性名はヘブライ語で「Shoshánna(שׁוֹשַׁנָּה)」と書きます。「shoshaná」は聖書で「百合」または「薔薇」を指します。イザヤ書第三十五章一節で荒野に咲いた薔薇のことを「百合」とも言ったりします。だからといって、著者のスザンヌという名前の語源は百合という意味だから著書の内容のリリスは百合である。と幼稚な類推を働かせて終わるつもりではありません。その奇妙な連関が重要な鍵になるかもしれないと思って書き留めただけです。
スザンヌ・クラクストンの紹介を続けます。彼女はエコフェミニストです。エコフェミニストとは何かというと、環境破壊と女性の迫害は密接に繋がっている考えで、女性解放運動をしている人たちのことです。
クラクストンによるエコフェミニストとは、簡単に説明しますと、以下のようになります。
ニーチェがいう精神は世界に宿り、肉体は地球に宿るという二元論を彼女は批判しています。肉体の地球とは、精神のない地球なので肉体の砂漠化ということになります。もちろんこの二元論にもニーチェを代表する人間中心的力が働いていて、それが環境破壊に繋がっています。女を支配する男の主権権力のように、自然を支配する人間の支配力です。そして人間の支配から逃れた自然からはみ出されたものがカオスと認識されます。こうして地球は神の死んだ地獄とニーチェによって判断されますが、クラクストンは地球の母性的な優しさに目を向けることを勧めています。
世界の外に美徳も何もなく、世界の内は惨くもなく、世界の内外を天と地に分けているものが、それを二つに分けながら繋げてもいるのであって、それがリリスであり、カオスでありながらも母性的なものだということです。しかし男性的思考で自然は脅威とされ、イブを支配するアダムのように自然を支配する人間という支配構造ができあがります。それゆえ、環境破壊と女性の迫害は密接に繋がっていると考えられています。人間と自然の関係がより良くなるためには、その関係性そのものに詩的な想像力で目を向けることだとしています。このような形で彼女はエコフェミニスであるようです。
いよいよ川崎さんの百合論を読み解ける基盤ができあがってきたのかと思います。
自然(イブ)を考えるとき、そこに美しいものや超越的なものを想像するのではなく、自然(イブ)と社会(アダム)を結ぶところに女性的なもの(リリス)を探るというクラクストンのエコフェミニズムの方法から、まず川崎さんの百合論4章を読み解いてみます。
「女は存在しない」という主張は、論証的存在の領域の向こうにある、言葉では表せない女の<本質>を指しているのではない。まさにこの到達できない<向こう>こそが、存在しないのだ。幾分言い古されたヘーゲルの言い方を使って言い換えるなら、「女の謎」は結局のところ、隠すべきものは何もないという事実を隠している。ヴァイニンガーは、ヘーゲルの反省の逆転、つまりこの「ただただ何もない」ところにまさしく主体の概念を定義する否定性を認めることができなかったのだ。²⁴
女の向こうに何かがあると想像する、例えば神だとか。そういった風に考えることが、男性的主権によるものということです。ここをクラクストンに習って、女と男を分ける関係性そのものを見よ、という風に私たちは読み解きます。
そしてまたリリスの迫害によるアダムのイブの入手を考えたとき、「女は存在しない」というラカンのテーゼは、また違った真価を発揮します。文字通り、まさしく女は存在していなかった。それはアダムから生まれた女が存在したとき、アダムから生まれていない、存在していない女が、かつて存在していたという事実をアダムが抹消したからです。
リリスは、かつて存在していたが今は存在していない。ゆえに女(リリス)は存在しない。アダムを拒んだ女などかつて存在しない。が、たしかに存在します。女としてそこに存在しているのです。アダムが、イブに理想の女を見つづけているかぎり、見つけることができない女がそこに。ゆえに、イブに見ている理想の女は存在しえないでしょうし、女の向こう、世界の向こうにも、何も存在しえない。と言うことができます。
また女を<例外>と捉えているところを引きますと。
象徴的な仮面の奥にある、「永遠に女性的なもの(ゲーテ)」――は「男根ロゴス中心主義」の支配から逃れる女性の実態からなるということだと思われる。その裏返しの結論として、もしも仮面の奥に何も見つからないのなら、女は完全にファルスに従属していることになる。ラカンは、真実はこの逆であると述べている。象徴以前の「永遠に女性的なもの」とは、いわば父権制が過去にさかのぼって抱いた幻想であると言うのだ。つまり、<ファルス>の支配の地盤は<例外>だということだ(元来は母権制の<楽園>があったという人類学の観念のようだ。)<ファルス>に対する例外が欠如しているからこそ、女のリビドー経済は筋が通らず、ヒステリカルなものになり、かえって<ファルス>の支配が危うくなる。したがって、ヴァイニンガーの言葉を借りれば、女が「すべての対象から犯される」とき、ファルスがこうして際限なく拡大されることこそが、<普遍>の原理としての<ファルス>を、そしてファルス自身の根拠となっている<例外>を危うくする。²⁵
女の仮面の奥にある「永遠に女性的なもの」とは、男性が抱いた幻想だということ。リリスをイブの奥に見る行為は、<ファルス>の例外として存在していると言い換えることができそうです。<ファルス>というアダムが、<例外>として排斥させたのがリリスです。だからこそ、<ファルス>は例外としての女を扱いあぐね、扱いあぐねるほど、自身が振るう<ファルス>が強大なものになり、<例外>リリスをさらに迫害することになります。
こうして私たちはアガンベンとクラクストンのレンズを通して川崎さんの百合論を見ることで、そこに「リリス」を一つ一つ見つけて、返すことができます。たとえばまた。
だが、百合の恋愛のゴールの最終形態として、安易に百合結婚を目指すのは……何かエピステーメーに囚われた行き詰まりを感じる。²⁶
そもそも現代の婚姻制度やそれに纏わる我々の態度は、資本主義イデオロギーの産物である。ゆえにそもそも異性愛においての結婚制度自体が悪いものなのだ。我々は常に偽りの対立を仕向けられ、肝心な事を隠蔽されている。第三の道が必要なのだ。²⁷
この二つの文章を、アダムによる「資本主義のイデオロギー」を、イブが「婚姻制度」により、押し付けられていることへの抵抗として読むことは、まったく苦にならないでしょう。だからこそ川崎さんは、百合の恋愛のゴールを結婚に定めることに不信感を抱くことができ、知の枠組みに囚われた感覚を持つことができたのです。そして第三の道。それこそ、アダムでもイブでもないリリスへと、百合へと開かれた道であると言うことができます。
私は感想レビューに「さらにそれは男女と同様な百合社会を目指すわけでもないのです」と書きました。それを今はこういう風に言うことができます。
「百合的女性はイブ(イシャー)であることがないため、結婚から外れることができる。リリスのように」
そしてそれはホモ・サケルであるリリスと、主権者であるアダムとの衝突が余儀なくされます。ここに例えば私たちは少女革命ウテナの「ウテナ」と「暁生」の衝突(アンシーは彼女が薔薇の花嫁であるとき、どこまでもイブ的です)を見ることができます。
それを言い得ている箇所を引きます。
女性的な権利向上活動は、エンゲルスや毛沢東主義に見えるように、革命的なイデオロギーと結び付いてきた。そうすると逆説的に、百合に関しては革命的な属性を必然的に持つ……。²⁸
こうして川崎さんのテーゼは、今日日性を持った強烈なリリスの出現を予告していたものとなります。
私は百合を、虚構世界に終止符を打つ、原初たる絶対の強き力であると信じている。²⁹
この主張を私たちは、こう解釈します。原初的記憶形態としてのホモ・サケルが、それであるのだと。リリスが、それであるのだと。
そして私たちの結末は、こうも言い得ることを信じて欲しいだけなのです。
百合が、リリスであると。
百合は、ホモ・サケルであると。
▪ ―― 百合はホモ・サケルである。
私たちはアガンベンよるホモ・サケルから始まり、クラクストンによるリリスを介し、川崎さんの百合を読み解くことで、この結論を得ることができました。ここまでが、三段論法による「百合はホモ・サケルである」という結論です。そうして得たこの公式を、私たちは「顕れるリリス」とします。
そして私たちに与えられた時間にまだ猶予があるというのなら、今から私たちは「隠れるリリス」を読み解き、この百合論の補完に及ばずながら尽力します。読み解く際には、「顕れるリリス」として読み解かれますが、「隠れるリリス」は「隠れるリリス」として、百合の一ジャンルを示します。
川崎さんの百合の二つのジャンル分けに沿えば、フェティズムモードを「隠れるリリス」、症候モードを「顕れるリリス」と繋げることになるかもしれません。
では「隠れるリリス」を、見ていきましょう。
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