第3話 進化するダンジョン
『大変、マスター! 突破されちゃった』
慌てるナビの声に僕はようやくかとため息をついて意識をナビに向ける。
(そう、とうとうクリアされちゃったんだ)
『その割になんだかマスターは嬉しそうですね』
ややムッとした声。
ナビにとって攻略されると言うことはそれほど憤りを感じることなのかな?
僕は少し違うと思う。
だってまだ僕のダンジョンは始まったばかり。
これからなんだ、ここで満足してちゃいけないんだ。
だからさ、つい嬉しくなってしまうんだ。
攻略されたということは成長するチャンスをもらえたと言うことに変わりない。
(率直に言ってしまえば、嬉しいよ)
『理解できないです。攻略されるってことは惰弱性を突かれるって事なのに』
(そうかもね、でもそれはちょっと違うかな?)
ナビの指摘は的外れも良いところだ。
『マスターのお考えは私にはちょっとよくわからないです』
(ごめんごめん、これは伝えてなかった僕が悪かったね。実は──)
掻い摘んで考えの一部をナビに語った。
僕の仕掛けは攻略される前提で作っていることを。
事前にヒントをいくつか用意して、それをうまく利用しながら攻略して行ってもらいたいのだ。
しかしそれが予想以上にハマって全く想定外の勝利を収めてしまった。
だからこそナビは喜んでくれたのだが、同時に僕の考えに納得のいかない様子を見せた。
『マスターは意地悪です』
(そうかな? 僕としては結構妥当だと思ってるんだけど)
『マスターはダンジョンの成長をどうお考えなのです?』
ナビの指摘にそうだなーと考え、あらかじめ決めていた答えを提示する。
(互いに競い合う関係だと思っている。勝ち負けは二の次で、純粋に僕の仕掛けた罠をどうやって攻略してくれるかを楽しみにしてるんだよ)
『マスターは変わり者ですね』
(他のダンジョンマスターは違うのかい?)
『……私、他にもダンジョンがあるなんて言いましたっけ?』
(いいや、聞いてないがまるで僕の他にマスターがいるみたいな口ぶりだったしさ。変わり者扱いされたのももっとまともなマスターが居るのが理由かなと思ったんだ)
『はぁ、じゃあ自ら墓穴を掘った形ですね。でもこれは如何にマスターからの御命令でもまだ言えません』
(どうして?)
『他のダンジョンと競争するにはまだこのダンジョンが成長しきってないからです。フロアが一つしかないなど、どうぞ攻略してくださいと言っているようなものです』
(なるほど、人類の他にもダンジョンとも競い合う可能性もあるのか、考慮しておこう)
僕はナビからの情報を元に新しいダンジョンの拡張を始めた。
『ようやくフロアを伸ばすんですね……って真下!?』
(なぜそんなに驚いているのかな? ダンジョンとは下に伸びていくものだ。落とし穴の下から続いたってなんら問題はないだろう?)
『いえ、でも出入り口の関係で』
(ああ、そう言う理屈があったか。では新しい仕掛けを考えよう。取り敢えずブルースライムを成長させて進化、自己増殖を覚えさせるよ)
『それをどうされるんで……あっ』
僕の行動を覗き見ていたナビがダンジョンの変化に声を上げる。
落とし穴を埋めるようにあっという間にスライムのプールが出来上がってしまったのだ。
これではすぐに下の階には行けまい。
だが真の仕掛けはこれから作る。
僕はダンジョン製作からオブジェクトを選択し、浮島を三つ作成。その上に宝箱をそれぞれ置いた。
『そんな簡単にお宝をとらせてしまうんですか?』
(これは仕掛けだよ。ここにブルースライムのコアを入れておく。報酬としては全く価値のないものだ。でも、それを壊せばブルースライムは消滅するよね?)
『しますね。でも自己増殖するのですぐに埋まりますよ?』
(うん。だから順番に壊すことによって安全なルート確保ができる。その先に階段を置こうかなと思ってる)
『なるほど。しかし帰りは?』
(まあ同じ数のコアを確保しつつ、順番を覚えておかないとまず間違いなく上に上がった途端にブルースライムに飲まれるよね? その上で自我を持つイエロースライムの追撃をどう攻略してくれるか期待してるよ。帰りの際のロープまでの道は……別ルートのコアを二階で仕入れられる様にしようか? さて、フロア2の仕掛けだが……)
僕の語りにナビは唖然としていた。
たかが下に降りるだけにここまで手間をかけさせるダンジョンは見たことないと言わんばかりに沈黙している。
それはそうだ。僕なりに考えて配置している。
正解ルート以外の全てが死に直結するトラップ。
たかがスライムと侮ったやつから食われていく仕掛けがかけるプレッシャーも大きく人類の足を竦ませてくれることだろう。
戦いは数だよ。それにコストの低いスライムは最適なんだ。
僕は目の前のコンソールに意識を集中しつつ、面白い仕掛けを構築していく。
楽しいなぁ、本当に楽しい。
そして僕と向き合ってくれる人類の登場に持ってないはずの胸が高鳴っていくのを感じていた。
(さて、第二層は地面を用意するよ)
『ここに来て急に親切ですね?』
(まあ安堵するよね? そして足元から警戒が取り払われる。そこが狙い。第一層は足元に注意を向けて天井からの意識を逸らした。その逆バージョンだね。そのどっちがどっちだか分からなくなる焦りは、きっと人類に焦りを生ませると思うんだよ。だからこそ設置するのはより慎重さを要求させる仕掛けでいこうと思う)
『まぁ、マスターがなんの準備もせずにそんなこと言うわけないですもんね。知ってました』
(そしてこの度僕のレベルが30になった)
『おめでとうございます』
(ありがとう。そして新たに加わったスライム種のお友達がロックスライム君だ)
『ん? 今なんて?』
ナビが急に訝しげな声を上げる。
(ロックスライム君?)
『それよりも少し前』
(ええと、新たに加わったスライム種のお友達ってところかな?)
『それです。まさかとは思いますけどマスター、このフロアもスライム種で攻めるおつもりで?』
(このフロアに限らず全てのフロアを攻めるおつもりだけど?)
ナビは途端に無口になった。
流石に予想外だったらしい。
えー、面白いじゃん。スライムの生態系って。
弱点は見えてるし、それさえ破壊すればたやすく倒せる。反面、それが叶わなかったらどんな手段を用いても倒せない。とっても強力なお友達だと思うんだけどなー。
『ますますマスターの性格が分からなくなってきました』
(うーん。僕は面白いと思うんだけどね、スライムダンジョン。ナビは何がそんなに不満なのさ?)
『不満などありませんよ。ええ、全然、これっぽっちも。ただ……』
(ただ?)
『他のダンジョンから舐められると思ったんです。それが悔しいなって、それだけです』
なんだ、そんな細末なことを気にしていたのか。
(そうか、ナビは僕のダンジョンがバカにされるのが悔しいって事ね)
『はい、ナビゲーターをつけてその程度なのかと馬鹿にされたままというのはダンジョンマスター界隈ではとても肩身の狭い思いをするものなんですよ』
ふーん。それって結局はダンジョンバトルで負けなきゃいいだけのことだよね?
じゃあ何を配置するかはダンジョンマスターの采配次第ってことじゃないか。
(そうなんだ。まぁ、僕はどんな勝負でも負けるつもりはないよ)
『マスター? だってさっきは攻略してもらえる前提でお造りになっていると』
(それは人類に対してだね。同じダンジョンに対してそんな手を抜いたままだと思う? だって相手は自分と同じ条件で戦ってくるんだ。いや、もしかしたらもっと用意周到にメタを張ってくると思う。だから勝手に油断してくれるならありがたいことだよね? だって僕はまるで手の内を見せてないんだもの。まぁ見ててよ。僕は何も伊達や酔狂でスライム種のみでダンジョンを構築してみせるなんて言ってないってことを今から見せてあげるよ)
『はい!』
ナビは少し元気を取り戻したようだ。
まずは地面を全てロックスライム君にする。
どのタイミングで擬態を解くかは本人たちに任せるとしよう。
ロックスライムは特製でその肉体を岩と勘違いさせる能力を持つ。だがもちろん能力なのでONとOFFの切り替えが可能だ。
そして突如現れた地面は全てロッグスライムで構築する。
任意で岩になったりスライムになったりする足場。
これを人類がどのように攻略するか見ものである。
もちろん落ちた先にも仕掛けを施すよ。
さて、人類は新しいダンジョンを気に入ってくれるだろうか?
ディープダンジョン 双葉鳴🐟 @mei-futaba
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