第38話『先達として』
「本気なのか? いくら彼女が世間知らずで問題を起こしそうだとしても、ギルドが動く程のものなのか?」
「何か起きてからでは遅い……という事ですよ。リスクは最小限に抑えるのが鉄則です。私はそう判断をしました」
「……それなら俺以外の、俺よりも上のランクの冒険者にでも―――なんて、言っても聞いてはくれないか」
「そうですね。この件に関しましては諸々を含めてウィルさんが一番適任であると思います」
「本当にそうなのか? 俺にはどうもそうは思えないが……」
「いえ、他の冒険者の方では手に余るでしょう」
ここでいう適任とはギルドからの信頼―――というよりも、アイリスからの信頼によるものといえるだろう。受付嬢として勤める彼女は、ギルド職員の中で一番冒険者達と接する機会が多い。
もちろん、私情は多少なりともあるとは言えども、今までの経験や接してきた中での情報からして、ウィリアムが一番適切であるとそう判断をして依頼をお願いしている。
「それにもし万が一の事があったとしても……ウィルさんでしたら問題ないでしょう」
「……その、根拠は?」
「だって、ウィルさんが本気で魔術師を相手取るのであれば―――あなたは本来、圧倒的に有利なはずですから。どんな魔術を使ったとしても、あなたはそれについて対処が出来ます」
「……」
「けど、彼女の実力はどれ程のものなんでしょうか。実際に戦っているところを見ていないので私には分かりませんが、火と風属性の混合魔術を扱えるのであれば、その実力はかなりの―――」
「……いや、違う」
「えっ?」
「三属性だ。イヴは、その……土属性の魔術も扱える……と思う。彼女がそれを使っている瞬間を、俺は見ている」
「えっと……」
「もっと言えば、彼女は近接での戦闘においても練度が高いと思われる。昨日の装甲熊に関しては魔術で倒したが、もう一匹の猪は魔術での補助はあったが格闘で、しかも蹴りの一撃で倒してしまっている」
「……」
ウィリアムから新たな情報を聞かされて、アイリスは唖然とした表情となった。信じられないと口にしたかったが、それは言葉にならなかった。
「はっきり言おう。彼女は魔術師ではあるが、俺でもあれは手に余る。昨日に付き合ってみて、それが痛い程身に染みて分かった。だから、依頼を受けるのは断らせて貰う」
「で、でも、それでは……」
「―――ただし。依頼は受けないが……イヴは、彼女は今、俺と同じパーティの一員だ。一緒に冒険に行く過程で見守る事はあるだろう」
「……という事は?」
「わざわざ依頼をしなくても、その役割は果たすつもりだ。乗りかかった舟を途中で降りる事はしない。だから、彼女の事を特別扱い―――特例にするのは止めて欲しい」
ウィリアムは首を横に振りながら、アイリスに向けてそう告げた。
「駆け出しの新人が問題を起こす事は良くある事だろ。そして、それを正すのは先達としての義務でもあるからな。だから、俺に任せてくれ」
「……ふふっ。ありがとうございます、ウィルさん。やっぱり、こういう時は頼りになります」
「おい、あのなぁ……その言い方だと、普段は頼りないと言っている様に聞こえるんだが……」
「さぁ、どうでしょうね。ふふふ」
アイリスはそう言いながら優雅に微笑んで見せて、それを見たウィリアムは呆れた様に小さく溜め息を吐いた。
「全く……。それじゃあ、本題に入るぞ。今日の依頼についてだ」
「はい、かしこまりました。それでは、お伺いいたします」
「今日はだな―――」
そしてウィリアムは掲示板から持ってきた依頼書をアイリスに渡して、本日の依頼についての話を進めていく。
外で待つイヴはそうした話が建物内で起きているとも知らず、まだ燻製肉を食べているのであった。
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