第37話『危ない新人』
「はぁ……疲れました。始業してから間もないというのに、何でこんなに疲れないといけないんですか」
「いや、何というか……お疲れ様、とでも言っておくか」
「本当ですよ、もう。それにウィルさんも他人事みたいに済ませないでください。監督者としてきちんと見張っていて貰わないと困りますよ」
「……あのな。さっきも俺の事を監督者やら保護者やら言っていたが、別に俺は彼女のそういった立ち位置に就いた覚えは無いんだが」
「何を言っているんですか。ウィルさんがイヴさんをここまで連れてきて一緒に依頼まで受けたんですから、面倒を見るのは当然の事です。これは決定事項ですし、しっかりと責任を持って彼女に指導して頂かないと駄目ですからね」
「面倒……って、前にも言ったが彼女は犬猫の類、ペットか何かか? 言い方がそんな風にしか聞こえないんだが……」
「珍獣、という意味ではそうですね。しっかりと監視の目という首輪を付けて問題を起こさせない様にお願いします。さっきの一件で彼女が変な人物だという事は周りに知れ渡ったというのもありますしね」
「……まぁ、そうだな」
そう言いながらウィリアムはアイリスからゆっくりと視線を外し、ギルド内の待合所や依頼掲示板の方にへと目を向けた。そちらには先程とは違って多くの冒険者達で賑わっていた。
訓練場の近くで群がっていた人だかりは既に解散をしており、そうした場所に移動はしているものの、彼ら彼女らの話題といえば依頼の事よりも先程のイヴの事で占めていた。
聞こえてくる声といえばやれ『ヤバい新人が現れた』だの、やれ『あんな変人は見た事が無い』だの、やれ『顔はすっごく可愛い』だの。思い思いの事を語り合っているのが少し離れていてもウィリアムの耳に届いてくる。
そうしたイヴに対する評価を聞いてか、ウィリアムは溜め息を漏らした。そんな彼女と今日もまた冒険にへと出掛けるのだから、先が思いやられるといった心境となった。
「という事ですので、本日もあの子の観察をしっかりとお願いします。さっきの問題行動もそうですが、彼女はどうも要観察対象なのは間違いありませんから。ギルドとしても放ってはおけません」
「……それは、どういった観点からだ? お前からも何か、感じる部分はあったのか?」
「それはもう。昨日はウィルさんから聞いた話だけだったのでどうにも信じられませんでしたが、さっきので確信しました。彼女は危険だという事を」
アイリスはそう言いながら先程の一件について思い返す。イヴが起こした訓練場の一部を私的利用したのは確かに問題行為だ。しかし、それ以上にもっと問題というべき行動を彼女は起こしてしまっている。
それは広範囲混合魔術『
本来の用途としては数百度にも達する灼熱の風を広範囲において発生させ、複数の標的を攻撃する魔術である。これを使用できる魔術師は一般的には少なく、極少数とされている。その理由は『
火属性と風属性、そのどちらかの適性を持っているだけでは扱えない魔術。更に言えば両方の適性を持っていたとしても、術に込める火と風の魔力比率も誤れば発動が出来ない難易度の高さ。適性と精密さが問われる高等攻撃魔術。それを彼女は保存食を作るというだけの為に使用した。
アイリスが危惧しているのはそうした魔術をいとも容易く扱える点、そして高等魔術を危険だとも思わずに軽々しく扱っている点においてであった。
ウィリアムからの報告を受ける限りではイヴが扱える魔術はそれなりにある様だが、まだ披露をしていないだけで他にも扱えるものはあると思われる。その中にまだどれだけの危険を孕んだ魔術があるのか、アイリスにはそれが分からなかった。
「だからこそ、彼女は危険だと思うんです。あの時に怪我人が出ていなくて本当に良かったです」
「危険……か」
「あの子を一人にさせてどこかで問題を起こされたのでは、ギルドとしては堪ったものではありません。なので、ウィルさんにはぜひとも彼女の監視をして貰いたいのです」
「……そうは言うが、問題を起こされて困るのはギルドであって俺ではない。今回は彼女と約束をしているから一緒に冒険には行くが、それ以後もという保証は出来ない」
飽く迄、イヴとの関係は一時的なものであり、正式にパーティを組んだ訳ではない。それがウィリアムとしての言い分だった。
「そもそも一冒険者に問題を起こしそうな冒険者の監視をギルドさせるなんて、そんな話は聞いた事が無いぞ」
「なら、ギルドとしての依頼という事でどうかお願いします。上長には私の方から報告をして取り次がせて頂きますので」
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