第36話『撤収作業』
「とりあえず、まずは燻製肉を回収するところから始めましょう。手分けをしてどんどん作業を進めていきますよ」
「あっ、ちょっと待ってください」
早々に撤収を図ろうとアイリスが近づこうとすると、イヴがそう言って回収しようとする手を止めさせた。
「何ですか? まだ保存食として出来上がっていないから、回収は待って欲しいとかそんな事ですか。それなら受け入れる訳には―――」
「いえ、そうじゃなくて。このままアイリスさんが近付くと火傷をしてしまうので待って欲しいんです」
「……はい?」
「えーっと、えいっ」
イヴは肉のある方向に向けて右手を挙げ、指をパチンと鳴らした。すると、一瞬ではあるがその周辺に暖かい風が吹き抜けた。
少し離れた位置にいるウィリアムには暖かく感じる程度ではあったが、近くにいたアイリスには少し暑く感じる程度の温度が籠っていた。
「はい。これで大丈夫です。それでは回収しましょう」
「あ、あの……」
「……?」
アイリスが唖然としたままイヴに問い掛けると、イヴは首を傾げながらアイリスを見た。
「えっと……イヴさん? 今のは、何を……?」
「あっ、はい。この周辺に掛けていた魔術を解除しました。流石に半日程度ではしっかりと乾燥もしませんので、魔術で時間短縮をしていましたから」
「じ、時間短縮……? ちなみにですけど、その魔術って……」
「えっと、『
「……」
「それでは頑張って直ぐに片付けます。あっ、手伝って頂けるのは助かりますけど、これは私がやった事ですのでアイリスさんは少しで大丈夫です」
「は、はい……」
アイリスにそう声を掛けてから、イヴは即行動に移る。駆け足で肉を集めていき、回収したものを広げていた布の上へと乱雑に置いていく。
忙しなく動くイヴの横でアイリスも宣言通りに手伝ってはいたが、心ここにあらずといった感じでその動きはイヴと比べるとかなり遅かった。
そうした光景を奇異の目で他の冒険者は見ていた。大半が昨日にやって来たばかりのイヴの事を知らないので、その素性についてあれこれと話している者もいた。
いつもと違う日常の光景。一日が始まったばかりだというのに、ウィリアムの心の内は既に胸いっぱいといった感じだった。胸焼けがしそうな程に気が重かった。
「……とりあえず、手伝ってやるか。全く、後でアイリスに小言でも言われそうだ……」
そうした空気の中で前にへと出るのは辛いものがあるが、渋々と足取り重く歩みを進めていって二人に近づき、それからウィリアムも手伝いを始めていった。
まだ依頼すら受けていないのにこの有様である。ウィリアムは先が思いやられるとしみじみ心の中でそう思うのであった。
******
「全く……何なんですかあの子。常識外れにも程があるでしょう。非常識が過ぎます」
「まぁ、その……それについては否定は出来ないな、うん」
訓練場からイヴの保存食を片付けてから少し経った頃。ようやくアイリスはギルドの受付にへと戻って職務にへと復帰をし、その前にはウィリアムが立っていて彼女の愚痴を聞いていた。いや、聞かされていたと言った方が正しいだろう。
ウィリアムとしてはアイリスのそうした事情に付き合うつもりでは無く、依頼を受けたくて受付の前に立っているのだが、誰かに愚痴を零して発散をしたいアイリスとしてはそんな事情はお構いなしの後回しといった感じであった。
それ故にウィリアムは諦めてアイリスの愚痴に付き合っているのである。ウィリアムとしてもイヴの行動やアイリスからの愚痴に対して言いたい事はそれなりにもあるのだが、それを言ったところでどうにもならない事は分かっている。だからこそ諦めたのだった。
ちなみに問題を起こした当の本人、イヴはギルドの建物を出た直ぐの場所で壁に寄りかかって立ったまま、一人待機をしている。朝食として先程に出来上がったばかりの燻製肉を齧りながら、ウィリアムが戻ってくるのをじっと待っていた。
建物内に留まっていると他の冒険者の目を惹いてしまう為、仕方が無くウィリアムがそう指示をしたのだった。ただ、イヴはそんなウィリアムの思惑にも、周りから向けられている奇異の目にも全くといって気づきはしない。気にもしない。
ただただ食欲を満たす為に燻製肉を食しつつ、今日はどんな冒険が待っているのかを想像をして期待を膨らませるばかりであった。山から下りてきたばかりで世間というものに疎い彼女にはそれを理解する事はとても難しい話なのである。
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