第35話『厳重注意』



 そして近寄って目視で何が起こっているか確認出来る位置まで近付くと、そこには見たくも無かった信じられない光景が広がっていた。


「あのですね、イヴさん! ここは訓練場であって燻製場では無いんですよ! 確かにギルドからは許可は出しましたが、こんな無尽蔵に広げてどうするつもりなんですか!? 肉屋でも開くつもりなんですか!?」


「い、いえ、これは、その……肉屋? というものがどういったものかは分かりませんが、ここにあるのは私が食べる用でして……昨日の肉を全て保存食にしたくて……」


「だからって、限度があります! 誰が片付けるんですか、この量を!!」


「そ、それは私が……元々、そのつもりですし……」


 ウィリアムが見た光景。それは自分の知り合いが昨日に出会ったばかりの知り合いに対して説教をしているものであった。もちろん、説教をしているのがアイリスであり、受けている側がイヴである。


 あまりのアイリスの怒り心頭な剣幕に対して、イヴはタジタジとした様子で説教を受けていた。視線を落とし、昨日に見せていた自由奔放な姿は見る影も無かった。


「うわぁ……」


 そんな光景をウィリアムは人だかりに混じりつつ、困惑と呆れの色が混合した視線で見ていた。


 昨日に保存食の作成の為にイヴから寝ずに作業をすると聞かされて不安には感じていた。しかし、杞憂で済めばとも思っていた。


 だが、そうとはいかなかった事は目の前の光景を見れば直ぐに理解する。見ているだけで疲れがどっと沸いてきてウィリアムは溜め息を吐いた。


 ちなみに燻製場とアイリスは称していたがそれは揶揄でもなく実際に起きてその様になっている事である。


 ギルド内の訓練場はそれなりの敷地ではあるが、イヴは何とその敷地内の3分の1程を使って肉の乾燥、燻製を行っていた。


 更にそれだけでは終わらない。広範囲における敷地を利用するだけであれば、アイリスもここまで怒りはしなかったかもしれない。


 イヴがやらかしてしまったのは、燻製の為に訓練場に置かれてあった練習台の藁人形を燃料と材料として使ってしまった事だった。元々置かれていた場所には藁を剥がされ、骨組みだけになった人形が寂しげに残っていた。


 他にも訓練場内に置かれていた木材、ロープ、布といったあらゆるもの使い、保存食作りに利用されてしまっている。


 そしてそれらは全て無断で使ってしまっているに違いなかった。これではアイリスじゃなくとも怒ってしまうのは当然の事であろう。


「とにかくっ! 今直ぐに片付けてください!! もう他の冒険者の方々もいらっしゃるんですよ!! このままだと訓練場が利用できないんです!!」


「は、はい……分かりました」


 アイリスが保存食を指差しながらそう怒鳴り、イヴは申し訳なさそうに項垂れつつそう答えた。


「こうなっては仕方がありませんので、私も手伝います。無論、あなたの保護者、監督者にもそうさせるつもりですけど」


 そう言いながらアイリスは視線をイヴから人だかりの方にへと向ける。それは無暗矢鱈にした行動では無く、その中に紛れるウィリアムとアイリスの目はばっちりと合ってしまった。即ち、アイリスはウィリアムの存在に気づいていた。


 ―――保護者……それって、俺の事だよな。間違いなく。というか、こっち見てるしな。気づいていたのか。


 そうなった覚えはないと思いつつ、ウィリアムはアイリスから送られてくる鋭い視線を受けて逃走する事を諦める。


 気づかれていなければ抜け出そうとも考えたが、気づかれている以上はそうもいかないだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る