2章

第34話『嵐の前』





 ―――人里離れた森林の更に奥深く、かつては坑道として使われていたが今はもう廃棄された跡地。天然では無くて人工的な洞窟。


 そこにはもう、役目を終えてしまったが為に人間が近寄らなくなってから久しく経つ。しかし今現在、その内部には別の生き物が生息する様になっていた。


 百足、蜘蛛といった節足動物。蝙蝠や鼠といった小動物。人間と比べると体躯の小さな生物達が陰でひっそりと住み着いている。……が、それらの生き物はこの洞窟内においては少数派である。


 この洞窟内にて大部分を占める生き物―――それは魔物であった。闇に潜み、陰にへと追いやられてきた者達。その種族の名は―――ゴブリン。彼らがここを拠点とし始めたのは少し前の事だった。


 以前はこことは違う別の場所で人が暮らす集落に対し、略奪や襲撃を自由気ままに繰り返していたが、ある日そうした日々は終焉を迎える。


 襲撃された集落の住民、生き残りが冒険者ギルドに向けて依頼を出し、それを受けた冒険者が瞬く間にゴブリンの拠点を壊滅させてしまったからだ。


 だが、拠点は壊滅させられたものの、ゴブリン達はしぶとく生き残っていた。生き残った者達が何とか逃げ延びて辿り着いたのがこの洞窟であった。


 全盛期においては数十匹もいた群れだったが、今ではその半数近くに数を減らしてしまっている。しかし、それだけの数が残ったのは実のところ運が良かった。本当であれば拠点が壊滅させられた際に全滅していてもおかしくはなかった。


 彼らが半数近く生き残った理由、それはゴブリン達が略奪に赴いている時に冒険者が拠点を襲撃したからであった。実際に拠点に残っていたゴブリン達はその冒険者達によって皆殺しとなっている。


 拠点内のゴブリンを皆殺しにした事で冒険者達はその時点で全滅させたと思い込み、それ以上の詮索をする事をしなかった。そしてその一部始終、それを見ていたゴブリン達は敵わないとみて一目散に逃げだした。


 そうした運の良さから彼らは幸運にも生き延びた。しかし、まだ諦めてはいなかった。今現在の彼らは雌伏の時を伺っている。耐えて耐えて力を蓄え……そして復讐の時を待っていた。


 いつかは自分達の拠点を壊滅させた冒険者達を殺された仲間達と同じ運命に合わせて、それからこの周辺の集落を襲っては蹂躙していく。そういった未来を思い描いては醜悪な顔に笑みを浮かべていた。


 ―――あぁ、早くその時が訪れないだろうか……。


 その群れの長であるゴブリン―――ゴブリンリーダーと呼ばれる個体はそう思いつつ、今後の計画について考える。一人で考える。


 仲間のゴブリン達は考える頭を持ち合わせていない。だから一人で考える。一部には優秀な個体もいる事にはいるが、どうにも自分勝手で言う事を聞かない手合いだった。


 ―――くくくっ、今に見ていろよ。人間どもめ……。


 ゴブリンリーダーは表情を歪めてにやりとほくそ笑む。復讐の時はそう遠くない未来。その時を待ち侘びながら有効な手を考え続けるのであった。









 ―――――――――



 ――――――



 ―――










「……」


 ウィリアムが拠点とする街への帰り道でイヴと出会い、不幸にも魔獣と遭遇するという激動の依頼をこなした上で次の冒険の約束も交わした運命の日の翌日。


 この日もイヴとの約束を守る為―――いや、約束が無くとも仕事の為に冒険者ギルドを尋ねていたウィリアムであったが、建物内に入った瞬間、中の空気がいつもと違う事を真っ先に感じた。


「何だ、これは……」


 時刻としては日がゆっくりと昇り始めた朝方の時間。いつもであれば依頼書が張られる依頼掲示板の前に人だかりが出来ているものだが、この日は依頼板の前には人だかりは無かった。疎らと冒険者とギルド職員が何人かいるぐらいのものであった。


 それならいつもは人だかりが出来る程の数の冒険者がどこに行ってしまったのか。その答えは訓練場の方にあった。そこには多くの冒険者が集まっており、ざわざわと何かを観察をしながら一時の喧騒に包まれていた。


「あの方向。そして人混み……まさか……いや、そんな事は無いとは思うが、一体何が……」


 ウィリアムは嫌な予感を感じつつも、訓練場の方にへと歩を進めていき、人だかりにへと目指していった。


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