第33話『明日からも』
「……まぁ、あまり無理はするんじゃないぞ。冒険者は身体が資本なんだからな」
「はい、分かりました。気をつけますね」
「それと一応だが、君が寝泊まり出来る様にアイリスに頼んでギルド内の宿を確保して貰ってある。疲れたらそこで休むといいぞ。場所はアイリスから聞いてくれ」
「……宿?」
「えーっと、そこからか……簡単に言うとだな、金銭を払って寝泊まりする場所を提供する場所だ。……まさか、お金についても知らないとかないよな?」
「あっ、それでしたら知ってます! 山を出る前にお師匠様からそういったものがあると教えて頂きました! ただ、教えて頂いただけなのでそれを使った事も実物を見た事もありませんが……」
「……はぁ。それはほぼ知らないと同義だと思うが。とりあえず、これが実物だ。今後は使う事が多くなるから、良く覚えておくといいぞ」
軽く溜め息を吐いた後、ウィリアムはそう言ってからイヴに理解して貰う為に金銭の入った布袋を渡した。
受け取ったイヴは袋の口を開けて中身を確認する。そして中から硬貨を一枚だけ取り出して、それを間近でじっくりと眺め出した。
「これが……お金、ですか。思っていたよりも小さいですね。これがあると、その……宿? が使えるんですか?」
「いや、それ以外にも用途はある。例えば食事をする際や物を購入する際に使用をする。……まぁ、その辺りはおいおい学んでいけばいいな。今はそういった使い道もあるという風に覚えておけばいいだろう」
「なるほど……ありがとうございます!」
イヴは確認が済んだ為、金銭の入った布袋をウィリアムにへと返そうと両手で差し出した。しかし、それをウィリアムは不要だと断った。
「それは返さなくていいぞ。これは君の分。君が稼いだ報酬だから、自分で持っておくといい」
「えっ? 私の……ですか?」
「さっきアイリスから貰ってきた今日の依頼の報酬金だ。それと危険手当の特別報酬も加えてあるそうだ。装甲熊を討伐した分という事だな」
イヴにとって初めて貰う報酬。その使い道、用途に関してはまだ分からないものの、彼女はそれを貰った事に対して感慨深い気持ちになった。
ギルドで登録をして冒険者にはなったが、それは飽く迄形式的な意味合いでの事である。こうして報酬を貰う事で本当の意味での冒険者としての出発をイヴは踏み切ったのであった。
「あっ、そうだ。依頼と言えば……ウィリアムさん」
「ん?」
「その……今日はありがとうございました! こうして依頼を無事に終えられたのも、ウィリアムさんのお陰です!」
「いや、そんな事は無いと思うが……」
即座にイヴの言葉をウィリアムは否定する。確かに手助けはいくつかはしたものの、戦闘面に関して言えばウィリアムは何もしていなかった。
「そんな事はありません。ウィリアムさんがいなければ依頼を受ける事も出来ませんでしたし、それにここまで辿り着く事も出来なかったかもしれませんから。だから、感謝しかありません。本当にありがとうございました」
イヴはそう言って深々と頭を下げた。素直な感謝の気持ちを真正面からぶつけられて、ウィリアムは少しこそばゆい気持ちとなる。
「えっと、だからまた……また、私と冒険に行って頂けませんか? 今日の冒険は楽しかったですし、私はまだまだ知らない事ばかりですので……これからも色々と教えて欲しいです」
「―――」
「駄目、でしょうか……?」
「―――いや、いいよ。構わないさ」
「!! ほ、本当ですか!?」
「あぁ。それに、だ。君を一人で冒険に行かせるというのは、何だかこう……不安だからな」
「不安……?」
それはイヴの身の心配という意味もあるが、これまで見てきた彼女の行動から何か仕出かすのでは無いかという危険や不安の方がウィリアムの中では勝っていた。
―――後は、今後の為にも確認をしておいた方がいくつかあるしな。
「まぁ、そういう訳だ。頼りない先輩かもしれないが、またよろしく頼むな」
「はい。また明日、よろしくお願いいたします」
「……明日?」
「私、楽しみです。明日はどんな冒険が出来るんでしょうか……今からワクワクが止まりません」
「いや、ちょっと―――」
「それでは明日の為にも、精をつけないといけませんね」
唐突な予定を告げられて困惑をするウィリアムを他所に、イヴはそう言ってウィリアムから離れて解体された装甲熊の下にへと近寄っていった。
「とりあえず……記念すべき最初の今日は煮込みものです。焼くのも悪くはありませんが、量が多いので一気に煮てしまった方が早いですね!」
そう言いながらイヴは近くの地面に突き刺していた杖を手に取り、それからその先を地面に向けた。
そして何をするつもりなんだとウィリアムが疑問に思う前に、イヴはそのままある魔術を唱えた。
「『
イヴがそう唱えると、杖の先にあった地面に変化が起きた。彼女の魔術に呼応する様に、もこもこと訓練場内の土が流動的な動きを見せて隆起をした。
それを見てウィリアムはかなり驚愕をしたが、しかし、それだけでは終わらない。それから更にイヴは隆起させた土をある形にへと器用に姿を変えていく。
「ふぅ……こんな感じですかね。何だか山にいた時とは感じが違いますけど……多分、大丈夫でしょう」
そうして出来上がったもの。それは鍋である。訓練場内にある土や地中の粘土を使用して出来た大き目の土鍋であった。
イヴは土鍋を火魔術で一瞬にして焼き上げて完成させると、また魔術を使って直ぐ傍に火を起こし、その上に土鍋をくべた。
「後はこの中に材料を入れて―――煮込めば完成です!」
そしてイヴは意気揚々と土鍋の中に具材を投入していく。入れていくのは処理を済ませた心臓や腸といった内臓類、それから煮込む為に必要な水分となる装甲熊から採集した血液だった。
赤黒い液体に、これまた赤黒い臓器が煮込まれる様子、そしてそこから漂う獣臭と悪臭。それは何とも形容しがたいものであった。
血臭に鳴れているウィリアムであったが、これには堪らずに鼻をつまんだ。胃からも何かが込み上げてきそうになるが、それは何とか耐えてみせた。それほどにきつい悪臭であった。
しかし、そんな状況でも一番近くにいるはずのイヴは何故か何事も無いかの様な平気な表情をしていた。嬉々とした感じに鍋の中身をどこからか拾っていたと思われる木の棒でかき混ぜている。
「本当は香草とか別の材料もあるともっと美味しいですけど、この際は仕方ありませんね。これだけでも美味しいですので、我慢します。―――あっ、ウィリアムさんも食べられますか?」
「い、いや……俺は……」
「解体したばかりの新鮮な内臓ですからとっても美味しいですし、お師匠様曰く、健康にも良いそうですよ。だから、どうでしょうか?」
「わ、悪いが……遠慮させて、貰う……。今日は……もう帰る……」
鼻をつまみながらウィリアムはそう言って拒否の姿勢を表明する。
調理法だとかさらっと土魔術を使っていただとか他にも言いたい事は色々とあったが、今はそれを言うのが精一杯であった。
「そうですか……それではまた明日。次もよろしくお願いいたしますね、ウィリアムさん」
「あ、あぁ……また、な」
最後にウィリアムは他の冒険者やギルドの面々に迷惑を掛けない様にと言い残して、その場を去っていった。
こうしてイヴにとって、ウィリアムにとっても衝撃的で怒涛の一日が終わりを迎えた。
まだ山を出たばかりで世界を、そして常識を全く知らない少女、イヴ。彼女の果てなき冒険の日々はこの日を境に始まったのである。
そしてそれに付き添って不要な心労を重ねていく、ウィリアムの苦悩の日々も始まろうとしていた。
二人の行く先には一体、何が待ち受けているのか―――それはまだ二人も、誰も知らない先の話である。
「うん、美味しいです! けど、ウィリアムさんも遠慮せずに食べていけば良かったのになぁ……こんなに美味しいのに、もったいないです」
装甲熊の内臓を食べながら、イヴは一人で黙々と解体した肉を保存食にする為の作業を進めていくのであった。
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