第31話『報告』



「それにしても……これだけの量をよく短時間で採集出来ましたね。普通だったらもっと時間が掛かってもおかしくないぐらいですが」


「それは、まぁ……」


「どこか薬草が群生している場所でも見つけたんですか。それでしたら、これだけの量も納得がいきますが―――」


「……別にそういう訳ではないんだ」


「……? では、ウィリアムさんが積極的に手伝いをしたとか。イヴさんと分担をして、別々の場所で多く採集されたとか……」


「いや、だから……そうじゃない」


「え? そう、じゃない……?」


「あれは全部……イヴが1人で採集したものなんだ」


「……はい?」


 アイリスはウィリアムの発言を受けて不可解な表情をしながら首を傾げた。


 それから採集袋とウィリアムの顔を交互に見つつ、冗談なのではないかと訝しんだ。


「えっと……この量を、1人で?」


「あぁ。俺が教える訳でも無く、実物の絵を見せたら自分で全て判断をしてここまで採集をしていた。多分、あれは相当に慣れている動きだと思った」


「慣れている……確か、出身地の記載の際にイヴさんは『山』と書かれていましたよね。だから、そういった事に関しては元々、知識や慣れがあった感じでしょうか。―――いや、それでもこの量は多い……」


「……その事で驚いているところ悪いが、まだまだこれは序の口だからな。本当に報告すべき事は別にある」


「それって、その……さっきのあれについて、ですか?」


 アイリスはそう言いつつ先程に見た光景を思い出してしまったのか、彼女は若干ではあるが青褪めた表情を浮かべた。


 そしてウィリアムにへと尋ねると、彼は黙ったまま首肯をしてそうだと答えた。


「まさか、あの山に魔獣が出現していたなんて。そんな情報、ギルドでは把握していませんでした。しかも、それが災害級の装甲熊だっただなんて……。存在は知っていましたが、私も初めて見ました。……死体でしたけど」


「そ、そうだな……」


「とんだ災難でしたけど、よく2人とも無事に戻ってこれましたね。普通だったら戻ってきたとしても、五体満足では済みませんよ」


「ま、まぁ……何とか、な」


「けど、一体どんな手を使って倒されたんですか。ウィルさんの実力的に決して倒せない相手ではありませんが、その装備で倒せたとは思えないのですけど……。とてもじゃないけれど、攻撃が通りませんよね。その剣では」


 実物を見た事は無かったが、その情報を知識としては持ち合わせている。装甲熊の硬い皮膚、堅牢な肉体を踏まえた上でアイリスはそう推察をした。そして実際のところ、その考えは正しいものである。


「……はぁ。全くだ。お前の言う通りなんだよな。例え俺が前線に出て戦ったとしても、退けられは出来たかもしれないが、倒せるまでには至らなかっただろうな」


「―――ん? 倒せ、なかった……?」


 ウィリアムの語った内容に違和感を感じ、アイリスはそう言いつつ首を傾げた。


「えーっと、もしかして……ですけど。私の考えが正しければ、あの装甲熊を倒したのって……ウィルさんじゃなくて、イヴさんだったりします?」


 核心を突くアイリスの問い掛けに対し、ウィリアムはまたも黙って首肯をした。本当は声に出して肯定しても良かったが、何となく口に出しては言いにくいものがあったのでそうなってしまった。


「―――」


「ア、アイリス……?」


 そうしたウィリアムの言葉を受けて、アイリスは絶句をしていた。信じられないとばかりに目を丸くし、口をぽかんと開けている。


 しかし、次の瞬間―――


「は、はぁぁぁぁぁっ!?」


「のわっ!?」


「ど、どういう事なんですか!? ねぇ、ウィルさん!! どういう事なのっ!?」


 アイリスは大声を出し、大いに驚くのと同時に勢いのままウィリアムにへと詰め寄ってそう詰問をしていた。


「お、おい、落ち着―――」


「だ、だって、あの、イヴさんって新人でしたよね!? 今日ここにやって来て登録をされたばかりの人だったですよね!? それがどうやって何をすれば、装甲熊なんて魔獣を倒せたりするんですか!!??」


 そんな事、俺が聞きたいくらいだ―――ウィリアムはアイリスの言葉を聞きながらそう思った。


「あ、あぁ、そうか。分かりました。ウィルさん、冗談を言って私を驚かそうとしてるんですね。あ、あははは、センスがありませんねウィルさん。そんな冗談、とても笑えませんよ」


「いや、だから……冗談でも嘘でも無いんだ。本当にあの子が―――それも一撃で装甲熊を倒したんだ」


「だって、でも、そんな……」


「俺がこの目でしっかりとその光景を目にした。俺も知らない『熱線ファイアレーザー』という魔術を使ってな」


「ファイア、レーザー……?」


「なぁ、アイリス。お前なら知っているか? あの魔術の事を。俺よりも学があるお前ならもしかして―――」


「い、いえ……知りません」


 アイリスはそう言いながら首を横に振って否定をした。


「聞いた事もないです、そんな魔術の名前は。名前からして火系統の魔術なのは分かりますが、それ以外に関してはなんとも……」


「……そうか。アイリスでも知らないか。なら、専門職の人間にでも聞くしかないか……」


 ウィリアムは顎に手を当ててそう思案をした。冒険者ギルドの受付嬢であるアイリスなら情報も入りやすく、知らない魔術に関しても知っているかと考えていたが、その当ては外れた。


「でも、あの子……本当に何者なんですか? 聞いた事も無い魔術で魔獣を一撃で倒すし、それにさっきまで使っていた魔術だって……」


「さっきまで使っていた……? それって『保存セーブ』と『浮遊フロート』の事か?」


「ウィルさんもご存じのはずですよね。あの二つの魔術の効果と圧倒的な非効率さを。冒険者の間では常識的な情報ですけど」


「―――あぁ。だから、あれを扱った時には驚いた。何でそんな魔術をと。しかも、山であれらを発動させてからここに来るまで効果を切らす事もなく使い続けていた。しかも平気そうな顔をしてな」


「ただの考えなしで、能天気な女の子かと思っていましたけど……全く謎ですね。私たちギルドとしては今後の行動を観察するのと同時に、少し注意や警戒が必要かもしれませんね」


「そうかも……な。―――というか、お前……そんな風に思っていたんだな。イヴの事を」


「えっ? だって、そう思うでしょ。あの子の初対面での言動を鑑みれば、誰だってそういった感想になりますよ。まぁ……今となっては違いますが」


「全く、お前ってやつは……」


 アイリスの口の悪さに辟易としながら、ウィリアムは頭を掻きながら溜め息を吐いた。


 その後、ウィリアムはアイリスにいくつか事務的な報告を済ませた。それからある頼みを伝えて受付から離れてイヴの待つ場所にへと向かっていった。



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