第27話『説明』



「君が前に出ると、話が余計にややこしくなる。とりあえず、ここは俺が何とかするから―――」


 このまま流れに任せていても、ここを通る事は出来ないだろう。そう考えてウィリアムは1歩を踏み出し、兵士の前にへと立った。


「ち、近寄るなっ! 不審者がっ!!」


「ふ、不審者……? いや、まぁ……これを見られたらそうとしか思えないか……」


 近寄ってきたウィリアムに対し、兵士は手に持っている武器―――槍の先をウィリアムに向けて威嚇をした。


 急に武器を向けられるが、それにウィリアムは動じない。極めて平静を保ったまま、兵士にへと語り掛ける。


「ええっと―――職務を全うするのは分かるんだが……少しだけでいい。少しだけでいいから、俺の話を聞いて欲しい」


 ウィリアムはそう言って前置きをし、兵士の警戒心を下げようと試みる。しかし、兵士はそれを聞いたところで下がる様子は見せない。


 その様子を見るからに効果があったとは思えない。が、それでもウィリアムは構わずに話を続ける。


「その、だな……。突然すぎて理解が追い付かないかもしれないが……変に誤解を与えてしまって悪かった」


「ご、誤解……?」


「これを―――あの死骸達を見れば当然だが、誰もが不審に思うかもしれない……だが、これは―――そういった依頼でな」


 ウィリアムは兵士に向けてそう言った後、自分の首からぶら下がっている認識票を手に取り、それを掲げる様にして兵士にへと見せた。


「それは……ギルドの認識票か」


「見ての通り、俺は冒険者でな。今回のはギルドから依頼を受けて、それを達成してでの帰りでな。こんな状態なのも、それが理由という訳だ」


「……少し、検めさせてもらう」


「あぁ、構わない。ほらっ―――」


 兵士が渡せという風に手を差し出し、それに応える様にウィリアムは認識票を首から外し、兵士に向かって投げ渡した。


 弧を描きながら認識票は宙を舞う。投げられた認識票を兵士は受け取り、その内容にじっくりと目を通していく。そして―――


「……確かに、ギルドに所属する冒険者みたいだな」


「分かって貰えたのなら、何よりだ」


「しかも、冒険者ランクは『6』じゃないか」


 兵士がそう口にすると、ウィリアムの表情が一瞬だけだが険しくなる。しかし、一瞬だった為、兵士には何も見られはしなかった。


「ギルドの中では中堅どころに当たるランクの持ち主。そんな人だったなんて……」


「……今はそれはどうだっていいだろう。それで、どうなんだ。こっちは身分と理由を明かした訳だ。これなら通っても大丈夫だよな」


「た、確かに―――いや、待て。しかしだな……」


 ウィリアムの問い掛けに、兵士は直ぐには答えなかった。兵士である彼も職務に就いている以上、容易に判断を下す訳にはいなかい。


 的確な答えを求め、考えを纏めているのか兵士は黙り込んでしまう。そんな兵士に向けてウィリアムは助け舟を出す様にこう言った。


「何だったら、その認識票を持って冒険者ギルドに掛け合ってみるといい」


「何……?」


「ギルドともきっちり確認が取れれば、俺が言っている事が嘘では無い事が分かると思うが」


「―――それなら、そうさせて貰う。悪いが、これはしばらく預からせて貰うぞ」


「あぁ、そうしてくれ。ただ、出来るだけ早くに返してくれよな」


 兵士はウィリアムにそう言うと、渡された認識票を預かったまま、冒険者ギルドの建物がある方向にへと向かっていった。


 今、ウィリアムとイヴがいるこの門から冒険者ギルドの建物までは少し離れている程度の距離。行って戻ってくるまではそこまで時間は掛かりはしない。


 去っていった兵士の後ろ姿を見つめつつ、ウィリアムはギルドにいる受付嬢のアイリスが上手い事対応してくれるのを祈りつつ、腕組みをしながら兵士の帰りを待った。


 そして兵士がいなくなったからといって、ウィリアム達が自由になる訳ではない。いない間は別の兵士がウィリアムとイヴが不審な真似を起こさないか監視の目を光らせていた。


「あの……私達、まだ通れないのでしょうか?」


 兵士達にそんな視線を向けられながらも、イヴはウィリアムへ向けてそう口にする。待たされているこの状況が余程に退屈なのか、そわそわと身体を左右に動かし、落ち着きのない様子を彼女は見せていた。


「あの兵士の彼が戻ってくるまでの辛抱だ。もう少し待ってくれ」


「それは分かっていますけど―――でも、私……そろそろお腹が空いてきたんですが……」


 イヴはそう言いつつ、周りに空腹だと知らせる様に自分のお腹をさすった。イヴが最後に食事をしたのがいつかはウィリアムには分からないが、少なくともウィリアムがイヴと出会ってからは彼女が何かを食していたという記憶は無い。


 それから物欲しそうな目をしながら、自分が吊るしている猪と装甲熊の死骸にへと目を向けた。イヴの視線が訴えている事はただ1つ。早くこの死骸2つを解体し、食したいという事だろう。


「気持ちは分からなくは無いが……これが終わってギルドへの報告も済めば、飯だって食べれるだろうから、それも待ってくれ」


「……そう、ですか。分かりました……」


 言葉では納得はしてはいるものの、だらしなく口を開け、今にも涎を垂らしそうなイヴの姿を横目に、ウィリアムは疲労感からか溜め息を1つ吐いた。


「―――なぁ、君……いや、イヴ」


「……? どうかしましたか?」


「腹の足しになるかどうかは分からないが……これでも食べるか?」


 ウィリアムはそう言いつつ、自らの雑嚢から厚紙の包みを取り出し、それを広げてからイヴにへと差し出した。包みの中に包装されていたのは、ウィリアムは非常時の為に用意をしていた保存食の干し肉であった。


「保存食だから美味しくな―――んんっ、味の保証はあまり出来ないが……それでも良ければ、どうだ?」


「い、いいんですか……?」


「あぁ、構わない」


「あ、ありがとうございますっ! そ、それでは、お言葉に甘えまして……いただきます」


 イヴはそう言ってから包みの中にある干し肉を1切れだけ、左手を使って掴み取った。そして掴み取ったそれを直ぐ様口の中にへ―――は、入れなかった。右手に持っている杖の先をイヴは干し肉にへと近づけてから―――


「『ファイア』」


 と、小声で彼女は呪文を唱えた。杖の先端から極々小規模な、指の先程度の大きさの炎が立ち上り、イヴはそれを利用して左手の干し肉を炙り出した。


 少しの間ではあるが干し肉をイヴは炙り続け、そして干し肉がある程度焼けたところで、彼女はそれをようやく口にしたのだった。



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